規律を重んじ、曲がったことは許せない。
その性格ゆえか、周囲からは煙たがれ、畏怖の対象となることもある。
だが最近は、少し変化が起きていた。
「ほらほら。ちゃっちゃと歩きなさい」
「こ、これが精一杯だって。もう、荷物が重くて……」
異性のクラスメイトと、二人でショッピング。
以前の彼女では考えられない行動だった。
もっとも、デートのような色気めいた空気はない。
少年は降りしきる雨の中、両手いっぱいの荷物を持っている。
一方のひなたは、悠々と傘を差しているのだ。
その光景は、二人の力関係を如実に物語っていた。
「口答えしないの。なんでもするって言ったのは、あなたでしょう?」
「う……。それは、まぁ、そうなんだけどさ」
少年の名は風澤望。あることがきっかけで、ひなたは彼と同居生活をしている。
そうなると当然、いろいろな軋轢も生じるわけで。
望が先日やらかしてしまった失態も、そのひとつ。
通称「純白の悲劇」事件の罪滅ぼしとして、今日は彼女の荷物持ちをしているのだった。
……しかし、そんな二人の微笑ましい休日は、女性の悲鳴によって中断されることとなる。
「えっ、なに!?」
ひなたは声の聞こえた方を見る。
交差点だ。
目を見開く女性の視線の先には、横断歩道に飛び出した男の子。
そして、急ブレーキをかけて迫るトラックの巨体。
歩行者用の信号は赤だった。おそらくあの女性は母親で、それを見かけた男の子が飛び出してしまったのだろう。
(能力の使用許可──って、間に合うわけないじゃない!)
瞬時に規律違反の覚悟を決めて、ひなたはその言葉を口にする。
「──ゲット・レディ?」
セーフティースペル。
彼女たち能力者が、その力を行使するトリガーとなる言葉だ。
傘を投げ出したひなたの身体が、ふっと消える。
──高速移動。
常人の数十倍の速度で肉体を動かすことができる、ひなたの能力だ。
男の子に向かって加速するひなた。ただでさえ耳障りなブレーキの音が、さらに甲高く跳ね上がる。
いわゆるドップラー効果だ。
高速移動中のひなたは、極限まで神経を研ぎ澄ましている。そこへ高周波が襲いかかるが、これしきで集中が乱れる彼女ではない。
降りしきる雨は、止まっているようにすら見えていた。
まるで雨粒が宙に貼り付いた空間を削り取るように、ひなたは駆けた。
およそ百メートルもの距離をほんの一瞬で詰め、男の子の身体を抱き上げる。
そのまま安全な歩道まで駆け抜けたところで、ひなたは能力を解除した。
「え? あれ?」
「こら、ダメじゃないの。急に道路に飛び出しちゃ」
ぽかんとしている男の子に、ひなたは人差し指を立てて注意をした。
その背後のトラックの運転席では、男性がきょとんとした顔をしていた。
車体は横断歩道を越えて停止している。ひいてしまった、と、思ったのだろう。
やがて、男の子の母親が慌てて駆け寄ってきた。
我が子の無事を確認すると、何度もひなたへ頭を下げた。
「ありがとうございます。ありがとうございます……!」
「いや、そんな、あたしは別に……」
ひなたは、思わず赤面してしまった。
生徒会執行部とは、能力を悪用した人間を取り締まる役職だ。
人に恨まれることは多くとも、感謝されることには慣れていない。
母親は丁寧にお礼の言葉を述べると、男の子の手を引いて去っていった。
すると男の子が振り返り、大きく手を振ってきた。
ひなたも手を振って見送る。
そこへ、すっと傘が差し出された
「さすが、ひなただね」
望だった。ひなたが放り投げた傘を持ってきてくれたのだ。
賞賛の言葉を受けたひなたは、やはりどうしていいかわからない。
「そ、そんなんじゃないわよ。あたしはただ、身体が勝手に動いてて……」
「それがすごいんだよ。だってそれ、誰にでもできることじゃないもの」
「……っ」
さらなる賛辞に、ひなたの頬はまた赤く染まってしまう。
すると、それが望にも移ったのか。
彼まで顔を赤らめ、視線を逸らしてしまった。
「あー、えっと、その……。タオルとか、探してくるよ」
「タオル……?」
ひなたは気づいた。
そう言えば、身体がしっとりとしている。
雨の中、高速移動をしたからだ。数十倍の速さで動けば、受けた雨の量も数十倍になる。
ひなたの身体は、前の部分だけが塗れていた。
しかも、土砂降りの雨を浴びたように、服が身体にぴったりと張り付いて。
「の、望! あんた、どこを見て……!」
「み、見てないよ! うっすらとピンクのなんて……あっ」
「ば、バカっ!」
ひなたは胸元を片手で隠しながら、望の頬をはたいた。
小気味いい音が響く。いつしか、雨は上がり始めていた。
ここは、結波高度政令指定都市。
たとえ超能力者の少年少女たちが集められている場所であっても、その日常はごくありふれたものだった。
作:憂志