pluschild.tips

超能力を持つ学生たちの青春を描くWeb小説『プラスチャイルド』のSSや設定などを公開しています。
制作:textscape

2013/03/30

+Cな日々 その15
(「さすが、ひなただね」)

 一条ひなたは執行部のエースである。
 規律を重んじ、曲がったことは許せない。
 その性格ゆえか、周囲からは煙たがれ、畏怖の対象となることもある。
 だが最近は、少し変化が起きていた。
「ほらほら。ちゃっちゃと歩きなさい」
「こ、これが精一杯だって。もう、荷物が重くて……」
 異性のクラスメイトと、二人でショッピング。
 以前の彼女では考えられない行動だった。
 もっとも、デートのような色気めいた空気はない。
 少年は降りしきる雨の中、両手いっぱいの荷物を持っている。
 一方のひなたは、悠々と傘を差しているのだ。
 その光景は、二人の力関係を如実に物語っていた。
「口答えしないの。なんでもするって言ったのは、あなたでしょう?」
「う……。それは、まぁ、そうなんだけどさ」
 少年の名は風澤望。あることがきっかけで、ひなたは彼と同居生活をしている。
 そうなると当然、いろいろな軋轢も生じるわけで。
 望が先日やらかしてしまった失態も、そのひとつ。
 通称「純白の悲劇」事件の罪滅ぼしとして、今日は彼女の荷物持ちをしているのだった。
 ……しかし、そんな二人の微笑ましい休日は、女性の悲鳴によって中断されることとなる。
「えっ、なに!?」
 ひなたは声の聞こえた方を見る。
 交差点だ。
 目を見開く女性の視線の先には、横断歩道に飛び出した男の子。
 そして、急ブレーキをかけて迫るトラックの巨体。
 歩行者用の信号は赤だった。おそらくあの女性は母親で、それを見かけた男の子が飛び出してしまったのだろう。
(能力の使用許可──って、間に合うわけないじゃない!)
 瞬時に規律違反の覚悟を決めて、ひなたはその言葉を口にする。
「──ゲット・レディ?」
 セーフティースペル。
 彼女たち能力者が、その力を行使するトリガーとなる言葉だ。
 傘を投げ出したひなたの身体が、ふっと消える。
 ──高速移動。
 常人の数十倍の速度で肉体を動かすことができる、ひなたの能力だ。
 男の子に向かって加速するひなた。ただでさえ耳障りなブレーキの音が、さらに甲高く跳ね上がる。
 いわゆるドップラー効果だ。
 高速移動中のひなたは、極限まで神経を研ぎ澄ましている。そこへ高周波が襲いかかるが、これしきで集中が乱れる彼女ではない。
 降りしきる雨は、止まっているようにすら見えていた。
 まるで雨粒が宙に貼り付いた空間を削り取るように、ひなたは駆けた。
 およそ百メートルもの距離をほんの一瞬で詰め、男の子の身体を抱き上げる。
 そのまま安全な歩道まで駆け抜けたところで、ひなたは能力を解除した。
「え? あれ?」
「こら、ダメじゃないの。急に道路に飛び出しちゃ」
 ぽかんとしている男の子に、ひなたは人差し指を立てて注意をした。
 その背後のトラックの運転席では、男性がきょとんとした顔をしていた。
 車体は横断歩道を越えて停止している。ひいてしまった、と、思ったのだろう。
 やがて、男の子の母親が慌てて駆け寄ってきた。
 我が子の無事を確認すると、何度もひなたへ頭を下げた。
「ありがとうございます。ありがとうございます……!」
「いや、そんな、あたしは別に……」
 ひなたは、思わず赤面してしまった。
 生徒会執行部とは、能力を悪用した人間を取り締まる役職だ。
 人に恨まれることは多くとも、感謝されることには慣れていない。
 母親は丁寧にお礼の言葉を述べると、男の子の手を引いて去っていった。
 すると男の子が振り返り、大きく手を振ってきた。
 ひなたも手を振って見送る。
 そこへ、すっと傘が差し出された
「さすが、ひなただね」
 望だった。ひなたが放り投げた傘を持ってきてくれたのだ。
 賞賛の言葉を受けたひなたは、やはりどうしていいかわからない。
「そ、そんなんじゃないわよ。あたしはただ、身体が勝手に動いてて……」
「それがすごいんだよ。だってそれ、誰にでもできることじゃないもの」
「……っ」
 さらなる賛辞に、ひなたの頬はまた赤く染まってしまう。
 すると、それが望にも移ったのか。
 彼まで顔を赤らめ、視線を逸らしてしまった。
「あー、えっと、その……。タオルとか、探してくるよ」
「タオル……?」
 ひなたは気づいた。
 そう言えば、身体がしっとりとしている。
 雨の中、高速移動をしたからだ。数十倍の速さで動けば、受けた雨の量も数十倍になる。
 ひなたの身体は、前の部分だけが塗れていた。
 しかも、土砂降りの雨を浴びたように、服が身体にぴったりと張り付いて。
「の、望! あんた、どこを見て……!」
「み、見てないよ! うっすらとピンクのなんて……あっ」
「ば、バカっ!」
 ひなたは胸元を片手で隠しながら、望の頬をはたいた。
 小気味いい音が響く。いつしか、雨は上がり始めていた。

 ここは、結波高度政令指定都市。
 たとえ超能力者の少年少女たちが集められている場所であっても、その日常はごくありふれたものだった。

作:憂志