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超能力を持つ学生たちの青春を描くWeb小説『プラスチャイルド』のSSや設定などを公開しています。
制作:textscape

2015/02/14

+Cな日々 その64
(一番合理的な選択)

 織戸神那子は最重要能力者である。
 最重要能力者とは国内で最も希少価値が高い能力を持つヴァリエンティアのことで、その能力は国家が保護、管理すべきだとされている。

 そんな最重要能力者である織戸神那子本人は、気になる男の子がいるような高校一年生の女の子だ。

 そして彼女の専属カウンセラーであり、超能力研究施設『セントラル』の所長でもある桐島麗子は、親代わりと言っても過言ではないほど織戸と親密な関係を持っていた。

+ + +

 その日、仕事を終えてひと段落した桐島は、織戸が洋菓子の本を読んでいることに気づいた。

(お菓子作りの本?)

 桐島は若くしてセントラルの所長に上り詰めるほど人物だ。
 当然、頭の回転は他の人よりも早い。
 その高い知能をフルに発揮して、以下の事象──

 明日はバレンタインデーである。
 風澤望というクラスメイトの存在。
 お菓子づくりの本。
 あと、神那子はいつも通り無表情だけど、なんだか楽しそうにしている。そんな雰囲気を感じる。ワタシにはわかるの!

 ──から、ある予測を導き出す。

(神那子は、あのクソ餓鬼に手作りのバレンタインのチョコをあげるつもりだ!)

 風澤望という少年は、去年の4月に織戸と出会うと急速に彼女と仲良くなった人物だ。
 あげくの果てに、桐島の元へ織戸を思って直談判に来るという暴挙を行った輩でもある。

 織戸は望をかなり信頼しているようだが、桐島にとっては気に入らない人物だ。
 主に、自分から神那子を奪うヤツ的な意味で。

 桐島は思わず渋い顔をした。
 幸い、料理本を読むのに集中している織戸は、側にいる桐島がそんな顔をしていることに気づかない。

(なんとかして阻止したい……)

 織戸が望に手作りチョコを渡すのを阻止するなど、人並み外れた知能を持つ桐島にかかれば数分もあれば完璧な作戦を立てられる。
 さらに、セントラルの所長という立場を利用すれば、十数名の人間を動かして大規模な作戦を実行することすらできるだろう。

(まずはあーして、次にこーして……)

 織戸は側にいるこの人物が、そんな作戦を練っているなど想像もしていないだろう。
 相変わらず無表情ではあったが洋菓子の本を見つめるその瞳は生き生きとして見えた。

(よし、これなら問題ないないはずだ……)

 その時、桐島の携帯端末がメールの着信を知らせる。
 メールは秘書の矢剣圭吾からだった。


 ──桐島所長へ

 非常に急を要する連絡です。

 織戸さんがチョコレートを作るための材料や調理用具を購入したとの情報を入手しました。
 これは間違いなく、明日のバレンタインデーに手作りチョコを風澤望に渡すためだと思います。

 この緊急事態に対して何かしらの対処が必要です。
 いかなることがあろうとも、あの風澤望に神那子が手作りチョコを渡すなどあってはならな……

 ──矢剣圭吾


 矢剣圭吾という人物は見た目こそ20代のメガネイケメンだが、織戸のことが絡むと、とたんに変貌してしまう。
 血の繋がりこそないが、その様子は『シスコンのお兄ちゃん』そのものだった。

 矢剣のメールはかなりの文字数があった。
 桐島は途中で読むのを止め、短い返信をする。


 ──矢剣へ

 いい加減にしろ、シスコン。

 ──桐島


 人間とは、自分よりも興奮している相手を見ると冷静になる。
 それまで取り憑かれたようにあれこれ作戦を練っていた桐島も矢剣のメールを読んで冷静になった。

(ワタシとしたことが、どうかしていたな……さて、冷静になったところで一番合理的な選択は、アレだろうな)

 頭をリセットさせた桐島は、さっそく自分が導き出した一番合理的な織戸との接し方を実行に移す。

「そう言えば、明日はバレンタインね。神那子は何を作るの?」
「……できれば、これを作りたいと思っています」

 織戸が洋菓子の本を開いて見せる。
 そこに載っていたのは、少し難易度の高めなチョコレート菓子だった。

「ガトーショコラ? 初心者には少し難易度が高いかもしれないわね」
「やはり、もう少し簡単な物にした方がいいでしょうか?」

 織戸が残念そうに視線を落とす。

「大丈夫よ。ワタシも手伝ってあげるから」
「レイが一緒に作ってくれるんですか? そうして頂けると助かりますが、でも……」
「気にする必要はないわ。ワタシも研究所の男連中に配る分を作らないといけないからね。そのついでよ」
「それなら……ぜひ、お願いします」

 織戸が深々と頭を下げる。

「チョコレート菓子を作るのは初めてなので、本当は少し不安だったんです。でもレイが手伝ってくれるなら、もう安心です」

 表情にこそ表れていないが、顔を上げた織戸は嬉しそうにしていた。

 こうして桐島は『阻止するのではなく、逆に一緒にお菓子を作る』という選択によって、織戸からの強い信頼を勝ち取ることができた。

+ + +

 織戸神那子は最重要能力者である。
 そして桐島麗子は織戸の専属カウンセラーだ。
 二人は強い信頼関係で結びついている。

 あと、秘書の矢剣圭吾は、この翌日「そんなことをするつもりだったんですか? 酷いです」とのメールを織戸からもらい、数日寝込んだ。


作:津上蒼詞