最重要能力者とは、国家単位で研究・保護されている能力者のことだ。
織戸が高校に進学するまで、学校に通ったことがなかったのも、最重要能力者であったためだ。
彼女の『複製能力』は、資源に乏しい日本にとって絶対に失ってはならない能力だった。それこそ、織戸神那子という少女を犠牲にしてでも、国家のために活用しなければならない。
+ + +
その日、織戸は1年C組の教室にいた。
ちょうど休み時間をむかえた教室は、次の授業の準備をする者や、友人同士でおしゃべりに興じる者などで騒がしいくらいだった。
織戸は鞄からハードカバーの書籍を取り出し、読書を始めた。
その顔に表情はない。織戸は、ふだんからまったく感情を出さない少女だった。
「……」
そんな織戸に、声をかける者はいなかった。
感情を表に出さず、いつも本ばかり読んでいる彼女は、自然と近寄りがたい印象がつく。
クラスメイトたちにとって、織戸は「話しかけづらい生徒」だった。
「……」
1年C組で、織戸は孤立していた。
「……」
孤立する自分を、彼女がどう思っているのか?
眉ひとつ動かさない、その顔からは読み取ることはできなかった。
1年C組に織戸を嫌っているクラスメイトはいないだろう。
だが、彼女の近寄りがたい雰囲気と、最重要能力者であることが、話しかけるのをためらわせた。
まるで織戸の半径1メートルには、見えない『壁』で覆われているかのようだった。その『壁』は、時が経つにつれ、強固で、揺るぎない物となっていく。
「……」
もはや、だれも織戸を覆う『壁』を越え、声をかけられないかに思えたが──。
ひとりの少年が、その『壁』を軽々と乗り越えてみせた。
「織戸さん、なに読んでるの?」
風澤望だ。
望は、平気な顔で織戸の前に座り、無邪気な笑みを向けた。
「難しそうな題名……『花桜……』、えっとどう読むの?」
「……これは、『花桜狗狐』という題名です」
「そうなんだ。どんな話なの?」
「ジャンルは推理小説です。主人公の龍宮道神は……」
二人は、自然に本の話を始めた。
織戸のまわりにあった強固な『壁』は、望によっていともたやすく取りさらわれた。
「その本、知ってる。龍宮シリーズの新刊でしょ? この前、文芸賞を取った」
ひとりのクラスメイトが話かけてきた。望が『壁』を取り去ったからだ。
すると次々に、織戸の周りにクラスメイトが集まってきた。
「新刊? へえ、出たんだ。織戸さんって、龍宮シリーズが好きなの?」
「みんなで集まって、なんの話をしてるの?」
「本の話だけど……って、加藤。本、読まないでしょう?」
「まあまあ、加藤も織戸さんと話たいんだよ」
「もしかして、加藤。織戸さんを狙っているとか?」
「そうなんだ。でも、加藤じゃ。織戸さんに釣り合わないね」
「ちょ、ちょっと。なんだよそれッ!」
織戸の半径1メートルは、次々とやってきたクラスメイトであふれかえっていた。
「織戸さん、って推理小説が好きなの?」
「は、はい。でも推理小説以外も読みますよ」
「オススメの本とかある?」
「オススメですか? そうですね。推理小説ではありませんが、相模原了の『塔』は面白かったですよ」
「織戸さんも『塔』、読んだんだ。面白かったよねえ。どこがよかった?」
次々に質問が投げかけられる。織戸は、それに答えるのがやっとだった。
話しかけづらいと思いながらも、1年C組のクラスメイトたちは、彼女とおしゃべりがしたかったのだ。
これも、望が『壁』を取り去ったおかげなのだろう。
織戸が望を見つめる。
彼は他のクラスメイトとおしゃべりをしているところだった。
織戸は、そんな望を見つめながら、小さくつぶやいた。
「望さん……ありがとうございます」
すると望が顔を向けた。
「織戸さん? 今、なにか言った?」
いつも冷静な織戸が、めずらしく慌てたように答えた。
「い、いえ、なんでもありません」
彼女の頬が、わずかに赤くなっていた。
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織戸神那子は最重要能力者である。
彼女にとって、風澤望は特別な存在だった。
作:津上蒼詞