アンダーポイントとは、研究対象にもならない微弱な能力者のことだ。
そんな望が、ある出来事をきっかけに最重要能力者の織戸神那子と親しくなった。
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ある日の放課後。
望と織戸は学生地区のギノザ区に来ていた。
「放課後があいている日って、珍しいんでしょう? 僕の行きたい場所なんかでいいの?」
最重要能力者の織戸は、学校が終わるとセントラルで超能力研究の協力をするのが常だった。だが、今日は珍しく予定がない日だった。
そこで二人は、放課後に二人で遊びに行こうということになったのだ。
「はい。望さんの行きたい場所でかまいません」
「織戸さんがそう言うならいいんだけど……あ、ここの二階だよ」
望がイタリアンダイニングの脇を通り、階段を上っていった。織戸もその後に続く。
階段を上がると、店先には『Pool Bar Ⅸ(ナイン)』という看板がかかっていた。頑丈そうな分厚い扉と、壁にはナインボールとダーツボードをあしらったネオンサインがかけられている。大人っぽいたたずまいの店だった。
「プールバー(ビリヤード場)ですか?」
「うん。最近、ビリヤードにハマってるんだよね。織戸さん、やったことある?」
「いえ、ビリヤードの経験はありません」
「おもしろいよ、ビリヤード」
「望さんが、そう言うのならやってみようと思います」
二人で店へと入った。
Pool Bar Ⅸ(ナイン)の店内は、出入り口のそばに小さな受付カウンターがあり、その先に6つのビリヤード台、奥にはダーツマシンが4機並んでいた。店舗の広さは、30人も客が入れば、いっぱいになってしまいそうな広さだった。
店内には、放課後のかきいれどきということもあり、十数名の客がビリヤードやダーツに興じている。
「織戸さん、まずはここで受付をするんだよ」
「はい、こちらに記入すればいいんですね」
二人がカウンターで受付をしていると、背後から声をかけられた。
「望、それに神那子ちゃんまで!」
望が振り返ると、親友の鳴島隆人が立っていた。
「隆人も来てたんだ」
「ああ、翔太郎や和基、熊谷も一緒だぜ」
隆人が奥のビリヤード台に顔をむけた。望も彼の視線の先に目をやると、三浦翔太郎、吉田和基、熊谷冬弥の三人がいた。
「せっかくだから、神那子ちゃんも一緒にやろうぜ。人数は多い方が楽しいだろ?」
「隆人がそう言ってるけど……織戸さん、どうする?」
「……そう、ですね。ご一緒させてもらいましょう」
「よし、決まりだな」
それから二人は、隆人と一緒に友人たちのいるビリヤード台へとむかった。
織戸がビリヤードの経験がないと知ると、隆人は自分が教えると言い出したが、友人たちに、進行中のゲームを棄権するのか? と問われ、さんざん悩んだ後に、織戸に教える役を望に譲った。
どうやら、ゲームで負けた者が全員にドリンクをおごる約束をしていたらしい。
「それじゃあ、みんなのゲームが終わるまでの間、簡単にゲームのルールや道具の使い方を教えるね」
そう言って、望が織戸にキューを差し出す。
彼女はキューを受け取ると、彼に深々と頭を下げた。
「はい、よろしくお願いします」
「そ、そんなに仰々しくしないでよ。僕なんかじゃ、たいしたことは教えられないんだから」
望は、キューの構え方やゲームのルールなどを簡単に説明した。ゲームのルールはすぐに把握したらしく、織戸はキューの使い方を念入りに質問した。
「そうそう、右手をぐっと引いて……」
「こ、こうですか?」
「うん、上手だよ」
「あ、ありがとうございます」
「もう一回やってみようか?」
「あ、……はい」
その時、隆人がゲームを中断してまで、大声で叫んだ。
「二人とも! 近い、近いよ! 良くない、良くないと思うよ俺、そんな密着するなんて……」
「え、近い?」
「……」
望は、いつの間にか背後から織戸を抱えるようにして、彼女にキューの使い方を教えていた。
織戸が熱心に自分の説明を聞くので、ついつい教えることに夢中になり、お互いの体が密着していることに気づかなかった。
「おわっ……ご、ごめん」
望が顔を真っ赤にしながら、織戸から離れた。
「……いえ、大丈夫です」
織戸は表情こそ変わらなかったが、頬がわずかに赤くなっていた。
それから間もなく、隆人たちのゲームが終了し、二人もゲームに加わることになった。
ちなみに隆人たちのゲームの結果は、終盤に精細さを欠いた隆人の敗北という形で終了し、結局全員にドリンクをおごっていた。
そして始めてビリーヤードをした織戸の成績は……驚くべきものだった。
「えーっと、神那子ちゃんって本当にビリヤードの経験ってないんだよね?」
「はい、そうですが?」
「でもでも、今のミラクルショットは?」
「クッションに対するキューボールの入射角を計算したんです。もちろんキューボールの回転数と接触した球に伝わるベクトル値の変化も考慮しました」
「おい、望。織戸さんは、いったい何の話をしているんだ?」
「さ、さあ? 僕に聞かれても……」
「ビリヤードという競技は、おもしろいですね。科学的理論に基づいた考え方を、きちんと反映してくれます」
「……ううっ、負けた。無念」
「もちろん、不確定要素の存在も無視できません。自分が導き出した理論通り、正確にキューボールを打ち出せるかが重要になってきます。さらに、それだけではなくて……」
「織戸さんにこんな才能があったなんて……結局、僕たちは一度も勝てなかった」
「……ゲームを進める上で、戦略という面でも様々な科学的理論を応用することができます。いかに、自分を有利に……」
あいかわらず、織戸の顔は無表情だったが、自分が構築したビリヤード理論を語る姿は、どこか楽しげだった。
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風澤望はアンダーポイントである。
ある出来事がきっかけで親しくなった織戸神那子は、ハスラーとしての才能を持っていた。
作:津上蒼詞