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超能力を持つ学生たちの青春を描くWeb小説『プラスチャイルド』のSSや設定などを公開しています。
制作:textscape

2013/10/04

+Cな日々 その29
(シルクハットの猫)

 イリーナ・アンダーソンは第二世代能力者である。
 第二世代能力者とは、スターティング・コールの後に産まれた超能力者のことだ。
 さらにイリーナは、10歳で高校進学を果たすほどの頭脳と、男女を問わず魅了する蠱惑的な美少女だった。

+ + +

 1年C組の教室では、休み時間になるとイリーナを中心に人だかりができる。

「イリーナちゃん、これ知ってる?」

 ひとりの女子生徒が、イリーナに羽の生えたウサギが描かれたポーチを差し出した。

「なにそれ? かわいい! 他にも、このウサギさんのグッズがあるの?」
「このウサギは、『アニマルえんじぇる』ってシリーズの……」

 すると二人の話が終わる前に、別の生徒がイリーナに話しかけた。

「そう言えば、イリーナちゃん。近くの洋菓子店で新商品がでたんだ。フランなんだけど」
「フラン? プリンのこと? イリーナ、プリン好きぃ。そのお菓子屋さんってどこにあるの?」
「学校を出てすぐのところにある、雑貨店の隣なんだけどさ……」

 ウサギのキャラクターから洋菓子店の話題にすり替わってしまう。
 洋菓子店の話題を振った生徒に、悪気があった訳ではなかった。
 イリーナは人気者で、少女と話がしたい生徒が多い。大人数でおしゃべりをしていると、こういったことはよくあった。
 だが、イリーナとキャラクターグッズの話していた女子生徒は、不機嫌そうな表情になってしまう。
 と、その時、イリーナが彼女に顔をむけた。

「それでウサギさんのお名前は、なんて言うの?」
「え? ほ、ホワイト・ランプ。ホワイト・ランプって言うの」
「ランプ? ……あッ、この子。小さなランプを持ってる。だから、ホワイト・ランプなのかな?」
「うん、そうなの。このウサギは幸せを呼ぶランプを……」

 女子生徒の表情は、すぐに笑顔にかわった。うれしそうに語る彼女の言葉を、イリーナも満面の笑みで聞くのだった。

 イリーナの周りには笑みが耐えない。
 C組でもアイドル(マスコット?)的な存在の少女は、ほとんどのクラスメイトから好かれていた。
 しかし、そんなイリーナと距離を置こうとする生徒も僅かばかりだがいる。

(毎日、毎日、休み時間の度に集まって……あの人たち、よく飽きないわね)

 森清香(もり さやか)はイリーナの周囲に集まったクラスメイトを一瞥すると、手元の小さなスケッチブックに視線を戻す。
 そこには、シルクハットを被った猫のイラストが描かれていた。
 清香は幼い頃から、絵を描くのが趣味だった。
 普段から教室では、こうして黙々と絵を描いていることが多い。
 イリーナたちのように、大勢で集まっておしゃべりをしたり、行動を共にするのは馴染めなかった。
 清香が、イリーナを嫌っているわけではない。

 ただ……時々、ウザイな、と思うことがあった。

(はやく、この絵を完成させなきゃ……集中、集中)

+ + +

 放課後。清香は教室に残って猫の絵を描いていた。
 彼女が、放課後も教室に残っているのは珍しい。
 その日は、別のクラスにいる友人がやってくるのをそこで待っていたからだった。

 清香が手を止める。
 彼女は、自分のイラストをまじまじと見つめた。

(……わたしの絵って、あまり一般的じゃないよね?)

 清香の絵は、個性的だった。
 いつも題材にしているシルクハットを被った猫は、ギョロリと大きな目をシルクハットのつばからのぞかせ、口元には不適な笑みを浮かべている。
 イリーナたちが話していた羽の生えたウサギと比べると、確かに一般的な作風ではないだろう。しかし、独特の魅力を持った作品だった。

「こんな絵、誰も好きになってくれないよね?」

 自然にそうつぶやいていた。
 すると、隣から話しかけられた。

「うんん、そんなことないよ」

 清香が顔を上げると、そこには金髪碧眼の美少女・イリーナがいた。
 少女の周囲には、クラスメイトたちの姿はない。
 珍しく、イリーナひとりだけだった。

「……」

 清香は、イリーナの顔をみつめたまま固まってしまう。
 突然、話しかけられた彼女は、動揺してしまい、言葉を発しようとしてもうまく口が回らなかった。
 そんな清香をよそに、猫のイラストを見つめていたイリーナが、ある妖精の名を口にした。

「ケット・シー」
「え? 今、何て……」

 清香はハッとした顔で聞き返した。

「ケット・シーの絵でしょ?」

 そう答えると、イリーナは小さく笑った。
 少女の言葉に、清香は衝撃を受けた。なぜなら、このシルクハットを被った猫を、西洋の妖精『ケット・シー』だと言い当てたのは、イリーナが初めてだったからだ。
 日本では『ケットシー』と『長靴をはいた猫』が混同されていることが多く、長靴をはいていない清香の猫のイラストをケット・シーだとわかってくれる人は皆無だった。

「この絵が完成したら、イリーナに見せてね?」
「……うん、いいけど」

 その時、数人のクラスメイトが教室にやってきた。
 どうやら、彼らはイリーナを探しにきたようだった。

「イリーナちゃん、急にいなくなるから焦ったよ」
「ごめんなさい。忘れ物を取りに教室に戻ってきたの」
「そうだったんだ。それなら、しょうがない」
「さあ、帰ろう。みんなで例の洋菓子店に行くんだったでしょ?」

 すぐにイリーナは、クラスメイトたちの下へと駆けていった。
 だが、教室を出る間際、少女は清香の方へと振り返った。

「清香。約束、忘れないでよ? 楽しみにしているからね!」

 イリーナが満面の笑みを浮かべる。
 すぐに探しに来たクラスメイトたちに連れられて、少女は教室を出ていってしまった。
 しばらく、清香は呆然とイリーナが出ていった扉を見つめいた。
 彼女が我を取り戻した頃。ちょうど待っていた友人が訪れた。

「ごめん、遅くなっちゃった。それじゃあ、いつものお店に画材を見にいこうか?」
「うん……あのさ、イリーナって子、知ってる?」
「知ってるよ。清香のクラスの、ちっちゃな金髪の女の子でしょ? その子がどうかしたの?」
「そのイリーナなんだけど……」

 清香は恥ずかしそうに笑うと、はっきりとこう答えた。

「すごく、いい子なんだ」

+ + +

 イリーナ・アンダーソンはクラスでも人気者である。
 少女のことを「人気者なのは、かわいいからじゃない」と答える人物は、結構多い。


作:津上蒼詞