周囲の人間は、あたしのことを『文武両道』『品行方正』そして『執行部のエース』だなんて呼ぶけど、そんな大それた人間じゃないわ。
あたしは、少しだけ高速移動の扱いが上手いだけの、高校一年生でしかないんだから。
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生徒会執行部第1機動隊、通称、第1に所属しているあたしは、放課後になると違反者を取り締まる任務を行っている。
『違反者』と言うのは、能力を悪用する学生のことよ。
スターティングコールによって超能力をえた少年少女たちが、研究と教育のために何十万人と集められている高度政令都市では、どうしてもそういう輩が出てきてしまうのよね。
あたしたち、生徒会執行部は、そんな違反者を取り締まるために存在する能力者の組織ってところね。
さて、今日も違反者による事件は発生してしまった。
第1は、その違反者を取り締まるため現場に急行した。
「一条、違反者の能力は、金属のみを対象とする念動力のようだ」
現場に到着すると、剛山隊長から事件を起こした違反者の説明を聞いた。
サイコキネシスか。あたし、苦手なのよね……あの女を思い出すから。
「お前は、念動力と聞くといつも嫌そうな顔をするな」
「そんな顔してますか?」
聞き返すと、隊長は苦笑いを浮かべた。どうやら、相当顔に出ていたらしい。
その時、長髪の青年があたしたちの会話に加わってきた。二年の神宮寺先輩だ。
「それで作戦は決まった? たぶん、今回は僕の出番は無しだと思うけどね」
神宮寺先輩は、そう言うと何人もの女の子を落としてきたアイドルスマイルを向けてきた。
あたしが知っている人物の中でも、神宮寺先輩はトップクラスの容姿をしている。こんな風に笑顔を向けられれば、ファンの女の子なら顔を赤くしながらキャーキャー言うのだろうけど、あたしにとっては見慣れた表情だ。特別な感情を抱いたりはしない。
「そうだな。神宮寺には一条の援護に回ってもらうことになる。今回の相手と場所は、お前の能力と戦闘スタイルには向かないからな」
そう言うと、隊長は作戦の説明を始めた。
今回の任務は、違反者の能力うんぬんではなく、相手が飲食店に逃げ込んでしまったのが問題だった。飲食店にはナイフやフォークといった金属製の凶器になる物が多い。
さらに悪いことに、その違反者は飲食店の客を人質に取っているようだ。
そのため、今回の任務には、迅速、かつ的確な対応が求められる。これは高速移動の使い手である、あたしの出番のようね。
「オッケー。それじゃあ、僕は援護だね。一条ちゃん、背後は僕に任せてよ……まあ、君には必要ないと思うけど」
神宮寺先輩が手にした長い棒を肩に乗せた。
神宮寺先輩の能力は跳躍能力だ。50メートルほどの高さなら軽々と飛び越えてしまう。屋外戦闘なら、その軌道力をいかして前衛でも後衛でも戦える頼もしい仲間なんだけど、今回の現場は飲食店。狭い屋内だ。
それに先輩が扱う武器は1.8メートルもある棒のため、店内では取り回しがきかない。
神宮寺先輩が、あたしの援護にまわることになったのはそのためだった。
「説明は以上だ。迅速に終わらせるぞ……作戦開始だ!」
隊長の言葉で、あたしたちは動き出した。
あたしの場合。現場に出るときはいつも警棒を二本、両手に持って挑む。しかし、今回は左手に一本だけ携行することにした。人質の救出を優先するために、右手は自由な方がいいと判断したから。
あたしを先頭に第1が店内に突入すると、違反者がひとりの女性客を人質にとっていた。
人質になっている女性は、結波中央学園の制服を着ていた。年齢は、あたしと同じだろうか?
その時、分析班の香代ちゃんがインカムを通してこう言ってきた。
『一条さん、人質にされている女の子には、くれぐれも怪我をさせないようにお願いします。じつは知り合いなので……』
香代ちゃん。知り合いだろうと、そうでなかろうと、あたしは怪我をさせないように、最善を尽くすつもりだから安心して。
「その子を離しなさい!」
とりあえず、違反者に対して人質の解放を促してみる。まあ、こう言って素直に人質を解放してくれることってあまりいないんだけどね……って、あれ? 人質の子が、犯人以上に驚いた顔であたしを見ているんだけど……まあいいわ。
「これ以上近づくな! この女がどうなってもいいのか!」
犯人がわめく。ほら、やっぱり素直に人質を解放してくれない。
「……はあ。まったく仕方ないわね。──『ゲット・レディ?』」
セーフティースペルを口にすることで、あたしは自分の能力・高速移動を発動させた。
あたしと違反者との間に、いくつか障害物になるようなイスやテーブルがあったけど、それらの配置は店内に突入した直後に把握しているので、特に問題はなかった。
この程度の障害物なら、目をつぶっても避けて通れるわ。
さあ──いくわよ!
まずは直進。すぐにサイドステップでイスをかわす。
次に右斜め前方に駆けて、60°方向転換。
これで相手の死角に入ったはず。
あとは、まっすぐ違反者へ向かって直進。
間合いに入ったら、人質を拘束している腕を右手で跳ね上げ、飛び膝蹴り。おまけで、空中で上体をそらし、ドロップキックぎみの跳び蹴りもお見舞いする。
違反者がふっ飛んでいった。
きっと自分がなにをされたのかもわからなかったでしょうね。
「す、『スチール・ミッション』!」
そのとき、聞きなれない言葉が聞こえてきた。
でも『聞きなれない言葉』であったからこそ、あたしには、それが相手のセーフティスペルであると瞬時に理解できた。
まずいわね。この状況でサイコキネシスを使われるのは、かなりまずい。
加速状態の今なら、違反者が操る凶器を難なく避けられるでしょう。だが、あたしの隣には、今しがた解放した人質がいる。下手をすると、彼女に凶器が命中する可能性があった。
なんとかあたしの側から、この人を避難させなきゃ。
周りを見渡す。隊長や神宮寺先輩との距離がかなり開いている。
高速移動によって、一瞬にして犯人との間合いを詰めたのだから当然だ。
今度は人質の女性に目を向ける。彼女は自分が解放されたことに、気づいてすらいないようだった。無理もないわ。あたしが能力を発動してから、3秒も経っていないんだから。
さあ、どうしようかしら?
「ッ!!」
そのとき、人質の後方に見覚えのある人物がいることに気づいた。というか、どうして、あなたがここにいるのよ。まったく。
でも、やることは決まったわ。
「邪魔よ。どいてなさい」
あたしは、人質の女性を見覚えのある人物に向かって突き飛ばす。望、ちゃんと受け止めなさいよ。
直後に、数本のフォークが飛んできた。
それを紙一重でかわして、違反者のもとへと駆けていった。
どうやら、次々に襲いかかるナイフやフォークをあたしが最小限の動きで避けながら近づいてくるのに、相手は心底驚いたようだった。とはいえ、コントロールは雑だし、スピードもノロいんだけど……こんなのは、あの女に比べたらアクビが出るようなサイコキネシスね。
結局、違反者は、あたしが目の前に立った瞬間に、戦意を失い、無抵抗になった。素直に拘束されてくれるのはいいんだけど、ガタガタ震えながら怪物でも見るような目で、こっちを見ないで。ちょっと傷つくじゃない。
さて、突き飛ばしちゃった人質と望の方は……どうして、そんな状況になってるの?
二人は抱き合ったまま、床に倒れ込んでいた。
さらに、ようやく人質の女性が離れたと思ったら「すみません」と謝っている彼女に対して、望は「いや、そんな。重さよりも、柔らかさが気になって」なんて言っている。
柔らかさですって? あたしが戦っている最中に、あなたはなにをしていたのかしらッ!!
ハラが立ったので、望に左手の警棒を投げつけてやった。なぜ、ハラが立ったのかは……知らないわよ! とにかく、望にガツンと言ってやることにした。
「……あなた、いい度胸しているわね」
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あたしの名前は、一条ひなた。
『執行部のエース』だなんて呼ばれているけど、中身はどこにでもいる『素直になれない女』にすぎない。
作:津上蒼詞