周囲からは、文武両道、品行方正、執行部のエースだなんて呼ばれている。
だけど、本当のところは能力の扱いが少しだけ上手な高校一年生の女子でしかない。
それでも──高速移動の使い手としては少しばかり自信を持っているわ。
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今日は学校の授業を終えると、セントラルへと向かった。
いつもなら、放課後は本部へと出向き、執行部の任務にあたっているか、任務のない日ならそのまま帰宅する。
だが月に一度、あたしはセントラルへと足を運んでいた。
セントラルは結波市の研究地区にそびえ立つ、巨大な建造物『セントラルタワー』の呼び名でもあり、セントラルタワーを中心とした超能力研究施設の総称、そして結波市の超能力研究を取り仕切っている機関の名だ。
日本における超能力研究の要である結波市。
その研究を取り仕切っているのだから、まさに『セントラル』という名がふさわしいだろう。
あたしは学生鞄の他に、アタッシュケースを手にセントラルの中に入っていった。
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あたしが向かったのは、セントラルの一角にある『第12技術開発部』と言う場所だった。ここは多目的な技術が研究されている場所で、コンピューターや発電技術、エネルギー開発など、超能力とはあまり関係なさそうなことなども行っている。
あたしが協力している研究も、そんな超能力という感じはしない研究の一つだった。
「一条さん、来てくれたのね」
縁なしメガネの女性が、あたしに気づいて声をかけてきた。
天然パーマの髪とくっきりと浮かぶ両頬のえくぼが印象的な彼女は、川中島三智子という名前だ。研究者というよりも、親戚のお姉さんのような印象の女性だった。
川中島さんは、あたしが持っているアタッシュケースを見てニコリと笑みを浮かべた。
「それじゃあ、あそこの部屋で待ってて。私もすぐに行くから」
「はい、わかりました」
あたしは川中島さんに言われた通り、『C7』と書かれた部屋に入って彼女がやってくるのを待つことにした。
その部屋は30畳ほどの広さがあり、大きなテーブルとそれを囲むように10脚のイスが並べられている。ミーティングルームのような場所だった。
すぐに川中島さんはやってきた。
その手には、あたしが持っているアタッシュケースと同じ物を持っている。
「お待たせ、それじゃあ、さっそく状態を確認させてもらうわ」
川中島さんはあたしが持ってきたアタッシュケースを受け取ると、それを慎重にテーブルの上に置く。そしてうれしそうな表情と若干いやらしい手つきで、アタッシュケースを開け始めた……うーん、中身を知っているあたしとしては、そんな顔をされると変な感じがするんだけどな。だって、アタッシュケースの中身は……。
「こ、これは……ずいぶんとボロボロにしましたね」
中を確認した川中島さんの第一声は、それだった。
アタッシュケースの中に入っていたのは、あたしが普段から使っているスニーカーだ。
スニーカーは、もう何年も使い古したような、ボロボロの状態だった。
「わずか一ヶ月で、こんな風にしてしまうなんて……」
「……すみません」
「いえ、それでいいの!」
川中島さんは、アタッシュケースからスニーカーを取り出すとなめ回すように観察を始めた。
「損傷が激しいのは、ココとココか……あ、中敷きがこんなに磨耗してる! たしか素材って……」
そんな風にブツブツと独り言を口にしながら、川中島さんがあたしのボロボロのスニーカーを眺める。彼女が二十代の女性だったからいいけど、30、40の中年男性だったらどん引きする光景よね。まあ、引いているのは変わりないんだけど。
「ちなみに使用した感じはどうだった?」
スニーカーの観察を続けながら、川中島さんがたずねてきた。
「そうですね。使用感は良かったですよ。能力を発動した状態でも足の裏に張り付いてくる感じは嫌いじゃないです……ただし、それもしばらく使っていると急に悪くなっていったんですよね」
「急に悪くなった?」
あたしの回答を聞いた川中島さんは、おもむろにスニーカーの中に手を突っ込む。ちょっと、なにやってるんですか?
「あー、やっぱり。メッシュダンパーが破損してる。これがポテンシャルの低下を招いたのか。コイツの耐久力の向上させるためには……」
川中島さんは、そう言いながらニヤニヤと顔をほころばせた。うん、今度からは、ちゃんと洗ってこよう。同姓でも、やっぱり気持ち悪い。
今までの川中島さんとのやり取りでわかるように、彼女はあたしのスニーカーを作成しているプロジェクトチームの人間だ。プロジェクトチーム、と言っても川中島さんを含めて、数名しかいないプロジェクトだけどね。
最重要能力者の織戸さんを研究しているグループとは、比べようもないほど小さなプロジェクトチームで、在籍しているのも大ざっぱな括りの『第12技術開発部』だけど、あたしにとっては重要な人たちだった。
あたしの能力・高速移動は、自身の移動速度を十数倍にまで加速させられる能力だ。
動態視力や空間認識能力など、あたし自身の身体能力も大事だが、地面と接している靴もかなり重要な部分だ。ツルツルと滑るような靴底では、踏ん張りがきかずに力が込められないし、すぐに破れてしまうような材質では執行部の激務に耐えられない。
出来の良いスニーカーを履いたときなどは、もしかしたらこれこそが高速移動という能力の要になっているかもしれない、と思ったこともある。
こうして月に一度、川中島さんのもとへと足を運んでいるのは、あたし専用のスニーカーを作ってもらうためだ。
「新しい靴は、この中ですか?」
あたしが川中島さんの持ってきたアタッシュケースを指さすと、彼女が大きく胸を張ってみせた。どうやら、今回の作品は自信があるようだ。
「そうよ。三つほど、新技術を投入してみたの」
「新技術?」
「自動車工学からね。車のボディー剛性を向上させる技術から色々と……あ、あと新繊維を開発しているチームからパクってきた物とか」
車? いや、靴でしょう、コレ? あと、他の開発チームの成果をパクるのは不味いんじゃないの?
あたしが恐る恐るアタッシュケースを開けると、中に入っていたのは今までと全く同じデザインの赤いスニーカーだった。
「見た目はぜんぜん変わっていないけど、靴底の伸縮フレームに、スタビライザーの機能を持たせているのよ。あとメッシュダンパーの構成を自動車工学に基づいた設計に見直したり!」
川中島さんは、すごいでしょう! と言う顔で見つめてきたが、正直、あたしにはなにを言っているのかまったくわからなかった。ごめんね、川中島さん。
でも、ありがたく使わせてもらうわ。
真新しいスニーカーを受け取った後は、あたしの足のサイズを測定することになった。
「一条さんは、成長期だから。こまめに測り直しておきたいの」
そう言って、あたしをイスに座らせるとテキパキと足の測定を始めた。
ちょっと変わった人だけど、川中島さんは自分の仕事にはまじめに取り組んでいる。あたしの前にかがみ込んで、足の型を取ったりメジャーで計ったりしている彼女の姿は真剣だった。
川中島さんが、あたしのスニーカーを作ってくれていることには感謝している。でも、あたしなんかの靴を作るのが仕事だなんて、この人はどう思っているんだろう?
もっと大きなプロジェクトで重要な研究をしたい、とか思っているのかな?
ふと、そんなことを考えてしまった。
「一条さん? 私の顔になにかついてるの?」
計測を終えた川中島さんが聞いてきた。どうやら、あたしの視線に気づいたらしい。
「川中島さんは……あたしの靴を作ってる、このプロジェクトについて、どう思っているんですか?」
あたしは素直に、質問をぶつけてみることにした。
「どう思っているのかって……たのしいよ?」
「それは、見ていればわかります。このプロジェクトは、あたし個人に対する物じゃないですか? 川中島さんは、もっとたくさんの人のためになる研究をしたいと思ったことはないんですか?」
川中島さんは、うーん、と小さく唸ると右足の触診をはじめた。
「もちろん『たくさんの人のためになる研究』とか『偉大な成果を生み出す研究』をしたいと思ったことはあるよ」
そう言って川中島さんは、あたしの足の様子を確認する。
「そのために、このプロジェクトチームに入ったんだけどね」
「え?」
「一条さんがどう考えているのかわからないけど、このプロジェクトは間違いなく『たくさんの人のためになる研究』であり『偉大な成果を生み出す研究』よ」
川中島さんがあたしの足首を回しながら、クスっと笑った。
「一条さん、スニーカーを作るときにあなたが要求した、軽量化と耐久性とグリップ力と……あと攻撃力。それは、なにに使うのよ、ってぐらい無茶苦茶なオーダーだったわ。だけど……だからこそ、わくわくさせられた」
「わくわく、ですか?」
「ええ、あなたのオーダーをクリアした靴は、まだ完成していないけど、きっと滅茶苦茶な代物になっているでしょうね」
でも、その靴を必要としているのは、あたしだけでしょう?
「きっと、そんな無茶苦茶な靴なら宇宙空間や、海底のような過酷な環境でもビクともしない靴だよ」
「え?」
「数年後の未来。宇宙飛行士が、私と一条さんで作った靴を履いて宇宙で作業をしているかもしれない──そんな風に考えたらわくわくしない?」
そう言った川中島さんの笑みには、本当にそんな未来が訪れるような気にさせられた。
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あたしは一条ひなた。
いつも履いている赤いスニーカーは、あたしのお気に入りなの。
作:津上蒼詞