結波湾は、日本最南端の高度政令都市・結波市の沖合につけられた名称だ。
金武町、宜野座村、名護市の南部が結波市へ併合される以前は、金武町の湾岸に面していたため金武湾と呼ばれていた。
そんな結波湾に、伊計島は浮かんでいる。
伊計島は面積1.75平方キロメートルほどの小島だ。島への交通手段は伊計大橋を含む県道10号伊計平良川線で、この道路が通っている宮城島、平安座島、も含めて沖縄県うるま市が管轄している地域だ。
十数年ほど前には、リゾートホテルや観光施設があったが、現在の伊計島はその全てが閉鎖されている。経営不振による閉鎖、という理由が公式な発表だ。
伊計島を管理しているうるま市は、数年前から施設の老朽化を理由に一般人の立ち入りを禁止し、島への交通手段である伊計大橋を通行止めにした。
現在、伊計島は結波湾の沖合に浮かぶ打ち捨てられた無人島、と沖縄県民のほとんどが考えている。
取材のため、ちょうど沖縄を訪れていた私は『伊計島=打ち捨てられた無人島』に、異を唱えるウワサを耳にした。
実は、伊計島が秘密裏に重要な軍事施設になっている、というのだ。
この話に興味をひかれた私は、さっそく現地へと足を運ぶことにした。
先に説明した通り、伊計島は立ち入り禁止となっているため、まずは隣接している宮城島へとやってきた。
伊計島と宮城島を結ぶ伊計大橋の前には、「通行止め」と書かれた看板と、物々しいゲートが設置されていた。詰め所のような建物はなく、警備員も配置されていないようだった。
ゲートに近づいてみると、金属製のフェンスは所々がサビ付いており、ずいぶん前に設置された物だと見て取れた。一見すると、長い間放置されていたように感じるが、私はゲートの出入り口にかけられた南京錠が真新しいことに気づき、疑念を強めた。
続いて、近隣への聞き込みを行った。
宮城島で長年小さな商店を経営している50代の男性が「時々、大きな車が伊計大橋を通っていく」と話してくれた。
さらに、ゲート付近の海辺で釣りをしていた男性に話を聞くと「伊計大橋を通る連中は、そんなに多くない。あの島に用がある連中は、そのまま船で乗り付けるんだ」と答えてくれた。彼の話によると、この辺りの釣り人や漁師の間では、『伊計島を訪れる者達』は有名な話らしい。
以前、島には小さな港があったのが記録に残っている。その港を整備して使っているのだろうか?
その後も聞き込みを続けたが、これといった有力な情報は得られなかった。
ゲートの真新しい南京錠を見て、定期的に橋を通る者がいるのだろうと思ったが、聞き込みによって得られた『伊計島を訪れる者達』には驚いた。
彼らの正体、その目的とは何なのだろう?
あくまで私の憶測でしかないが、伊計島の立地から考えて、結波市が大きく関係しているはずだ。
日本における超能力研究の要となっている結波市。
その沖合に浮かぶ小島、伊計島。
人目を忍ぶように島を訪れる者達が、あの高度政令都市に関係があるだろう、と考えるのは間違っていないはずだ。
また伊計島には、その昔、気象観測用のレーダー施設があった。つまり、この島の立地は『観測』または『監視』に適しているのだろう。
私は「彼らの目的は、結波市を監視することではないか?」と推測した。
結波市を監視する組織──静かに、そして秘密裏に、高度政令都市を監視している者達の存在は、どこか薄ら寒いモノを感じる。
超能力研究の分野も一枚岩ではない。
日米両政府は、超能力研究において協力関係にあるが、それも絶対ではないだろう。
また超能力に対して懐疑的な者達の組織もある。
他には、スターティングコール以降に現れた有象無象の新興宗教なども無視できないだろう。
伊計島を眺めながら、そんな風に彼らについて考えを巡らせていると、1台の真っ黒なバンが私の側を通り過ぎていった。
搭乗者を隠すように覆われた窓のスモーク、Yナンバーのナンバープレートから、ひとめで観光客や釣り人ではないとわかった。
バンが伊計大橋の方へと走っていくのを見て、すぐにその後を追った。
私が着いた頃には、ワイシャツに黒ネクタイの男がゲートを開けているところだった。
私がバンにカメラを向けると、南京錠を開けた男が鋭い視線を送ってきた。日本人、もしくは日系人と思われる男は、バンがゲートを抜ける間もこちらを警戒しているようだった。
話を聞くために私がゲートへ近づくと、彼は素早くゲートを閉めてバンに乗り込んでしまった。
取り残された私は、伊計島へ向かう黒いバンの後ろ姿を硬く閉ざされたゲートの前から見送ることしかできなかった。
その後、伊計島には何かがある、と確信した私は島へ入るための方法を色々と調べていたが、宿に戻った時に今回の取材内容を編集長に報告すると「今回は、ここまでにするべきだ」という話になった。
他にも沖縄取材の日程があったという理由もあるが、この件は慎重な準備と綿密な下調べをもって取材にあたるべきだ、と言うのが編集長の判断だった。
私は、機会があれば追跡取材の許可を出す約束を取り付け、それを条件に今回の取材をいったん打ち切ることに決めた。
──別冊 週刊リークリーフ『真相ドライブ vol23』より抜粋
作:昌和ロビンソン