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超能力を持つ学生たちの青春を描くWeb小説『プラスチャイルド』のSSや設定などを公開しています。
制作:textscape

2014/01/17

+Cな日々 その36
(ラブ・ドミナント)

 私、桜井聖歌は結波中央学園に通う一般的な高校一年生だ。
 結波市に住んでいるので、いちおう超能力者だ。でも同じクラスの一条さんみたいな強力な能力じゃないし、織戸さんみたいに世界が注目するほど稀少な能力でもない。あれば便利程度のささやかなモノだ。
 また、私自身も平凡な人間だった。イリーナちゃんみたいに10歳で高校進学を果たすほど頭がいいわけでも、クラスの人気者でもない。
 最近、音楽を聞くようになった、ちっちゃくてかわいいモノが好きな15歳だ。

+ + +

 昼休み。食堂で昼食を食べ終えた私は、友人たちと分かれて一人で教室へと戻ることにした。
 教室に着くまでの間、学生証に入れておいたVersion17という男性ユニットの曲を聞く。
 いつもならVersion17の曲を聞けば楽しい気分になるはずだったが、その時は、ますます気分が暗くなってしまった。

「……はあ」

 さらには、ため息まで出る始末だ。

 私は右耳のイヤホンをはずすと、それをまじまじと眺めた。
 少し変わった形状をしたレッドとシルバーのイヤホンは、ストックサウンド社製「PW12ーC ソニックバック」という高品質イヤホンだ。

 どうしてこんな物を購入したのか?
 それは、実にバカバカしい理由だった。

 最近、音楽を聞くことに目覚めた私は、友人たちの関心をひくために、音質に関するにわか知識を披露した。
 ほんの少し、自分のことをすごいと思ってほしかっただけなのに、友人たちの間で「音質にまでこだわる玄人」と認識されてしまったのだ。

 そして、友人の一人がこんなセリフを口にした──。

『きっと桜井さんは、イヤホンも特別な物を使っているんでしょうね』

 私は後に退けなくなってしまった。
 本当は音質の善し悪しなんてわからないクセに、見栄を張ろうとしてしまった。その結果、高価なイヤホンを購入する羽目になったのだ。おかげで、ファンシーグッツを購入するために一年以上、コツコツ貯とめていたお小遣いがきれいに吹き飛んだ。

「カタログには低音がどうの書いてあったけど……前に使っていた安物のイヤホンとなにが違うのよ」

 もちろん、イヤホンのメーカーはその手の業界では有名なブランドで「PW12ーC ソニックバック」という商品も、色々なサイトのレビューで高い評価をされている。一級品であるのは間違いない。
 だが平凡な私の耳では、この高価なイヤホンの良さは全く理解できなかった。
 ちょっと見栄を張ったせいで、こんな散財をすることになってしまったのだ。

「……はあ」

 もう一度、深いため息をついた。
 いくら後悔をしても、失ったお小遣いは戻ってこない。
 私は沈んだ気持ちのまま、クラス棟の廊下を歩いていく。
 今が昼休みと言うこともあり、廊下にはたくさんの生徒たちが行き交っていた。

(ははッ……ほーら。だれひとり気づかないよ。ここに目玉が飛び出るほど、バカ高いイヤホンをしている人がいるんですよ。今なら、無駄に散財しちゃった私を笑ったっていいのよ?)

 そんな風に自嘲気味なことを考えていると、前方から見覚えのある数人の男子がやってきた。
 風澤望、鳴島隆人、三浦翔太郎、熊谷冬弥、吉田和基の五人。1年C組では『アンダーポイント五人組』として有名な五人だ。
 彼らは休み時間ともなれば、教室の一角に集まって騒いでいる「ちょっと不良っぽいグループ」だった。
 なぜか一条さんやイリーナちゃんと仲がいいみたいだったけど、私はほとんど話したことがない人たちだ。

 そのときも、とくに挨拶などせずに私は彼らの横を素通りすぎた。

「……おい、ちょっと待て」

 それが私に対する言葉だとは思わなかった。
 そのまま教室へ向かおうとする私を、その声の主は腕を掴んで強引に引き留めた。

「待てって、お前のことを言ってるんだよ」

 振り向くと──そこに吉田和基がいた。

 吉田和基は、いつも首から大きなヘッドフォンを下げていて、時々、難しい顔で音楽を聴いているような人物だった。『アンダーポイント五人組』の中でもクールであまり喋らないタイプといった感じだ。私は近寄り難いという印象を持っていた。いや、正直に言うと、ちょっと怖い、と思っていた。
 そんな吉田和基が、私の目の前に立っている。
 驚いたなんてもんじゃない。彼が私に声をかけるなんて思ってもいなかったのだ。

「わ、私に用ですか?」

 なんとか言葉を発してみたが、その声はハッキリと震えていた。
 だって、しょうがないでしょう? 突然、腕を掴まれた上に、相手の男子が睨みつけるような目を向けてきたんだから。女の子なら、だれだってこうなる。

 きっと今の私は、面白いぐらいに怯えた顔をしていると思う。

「あっ、いや……」

 彼がハッとしたような表情を浮かべた。
 すると、その態度がガラリと変る。

「……すまん。怖がらせるつもりじゃなかったんだ。だから、そんな顔をしないでくれ」

 ついさっきまで、私を睨みつけていた彼が、先生に怒られた子供のような表情になった。
 どうやら私の様子を見て、怖がらせてしまったのに気づいたらしい。

「お前に聞きたいことがあってさ。それで呼び止めたんだ。でも、いきなりで悪かった」

 その態度を見る限り、本当に申し訳ないと思っているようだった。
 私も気を取り直すことにした。

「わかりました……ところで私に聞きたいことと言うのはなんですか?」
「そうだ、そのことだけど!」

 私が質問すると、彼は興奮したように顔を近づけてきた。

(え? なに? どうしちゃったの?)

 そして、彼が口にしたのは──。

「それって『ソニックバック』だろ? ストックサウンド社の」

 私のイヤホンの名称だった。

「うん、そうだけど……」
「やっぱりソニックバックだったか。前からそいつには関心があってさ、どう? 使ってみた感じとか?」
「どんな感じ、と言われても……」

 にわか知識しかない私には、このイヤホンの良さを伝えることなんてできない。
 説明できないのなら、本人に聞いてもらえればいいと思った。

「実際に聞いてみますか?」
「えっ、聞かせてくれるの?」

 彼の声が弾んだ。

 私はイヤホンを彼に差し出すと、学生証のミュージックフォルダからGEKKOというミュージシャンの曲を選ぶ。GEKKOの曲は、少し小難しくて玄人っぽい感じだ。
 きっと、このイヤホンを知っている彼でも納得の選曲だろう──そうさ、私はこんなときでも見栄を張ろうとするの。そう言う性格なの!

「へえ、GEKKOか。いいね……おおっ、下の響きが違うのは聞いていたけど、高音の伸びもすごいな。これが新しく開発された『CQサウンドユニット』の効果なのか?」

 そんな風につぶやく彼は、新しいおもちゃを買ってもらった男の子みたいだった。それまで吉田和基に抱いていた私のイメージからは、かけ離れた微笑ましい表情だ。

(……吉田和基って、こんな顔する人なんだ)

 私が相手の顔をまじまじと眺めていると、その視線に気づいた彼がこちらを見つめ返してきた。

 そして目を細めて笑った。

 一瞬、時が止まったような気がした。
 クールで口数が少なく。難しい表情で音楽を聴くような、不良っぽくて、ちょっと怖い感じの吉田和基が見せた、純粋な笑みには──尋常ではない破壊力があった。

 それからどのくらい思考が止まっていたのだろうか?
 それすらよくわからない。彼が声をかけてきたことで、私の意識は現実に引き戻された。

「聞かせてくれてありがとう。思った以上に音がいい。それに学生証との相性もいいみたいだ」
「……そうですか?」

 彼からイヤホンを受け取ると、手のひらのそれに視線を落とす。
 私にはまったくわからなかったイヤホンの良さを、相手は充分理解しているらしい。私はにわかだったが、彼は本物の『音質までこだわる玄人』なんだろう。

「吉田さんって、音楽について詳しいんですか?」
「和基、でいいよ。みんなもそう呼んでいるし……音楽は昔から興味あったから、ちょっと詳しいってだけだよ」

 うおっ、いきなり名前呼びをすすめられてしまった。

「音楽に関しては、お前も詳しいんじゃないのか? こだわりがなければ、ソニックバックなんて使わないだろう?」
「そうなのかな? 自分だとわからないよ。でも……和基ほど詳しくはないと思うよ」

 話の流れで、彼を名前呼びしてみる。
 緊張したけど、本人が名前呼びをすすめてきただけあって、特に気にした様子はなかった。
 ちなみに、私が男子を名前呼びするのは小学校以来だ。

「謙遜するなよ……おっと、そろそろ隆人たちのところに戻らないと」
「うん、それじゃあ」

「また話そうぜ。聖歌」

 ──聖歌。私の名前だ。
 彼は、すごく自然に私のことを名前呼びした。そして目を細めて笑い、そのまま去っていった。

「……」

 私は彼の姿が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていた。

+ + +

 これが彼と初めて話をした日のことだ。
 あのときの私は、彼との関係がどうなるかなんて想像もできなかった。
 ただただ、高鳴る胸の鼓動を感じていただけだった。


作:津上蒼詞