アンダーポイントとは研究対象にもならない微弱な能力者に対する名称だ。つまりは役立たずなのである。
そんな望も、あと数ヶ月で高校へと進学する。
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西暦2029年3月中旬。
風澤望は中学校の体育館で大勢の生徒と共に長い列を作っていた。
ほとんどの生徒が暇を持て余しておしゃべりに興じている。ときおり、それを注意をする教師の声が聞こえてきた。
体育館は、がやがやと少し騒がしいくらいだが、その雰囲気はいたって和やか。
誰もが想定外なことなど起こるはずはないと思っているのだろう。順番を待っている望も、そう感じていた生徒の1人だった。
「はい、次の人ぉ」
白衣を着た女性が、やる気のかけらもない声で望を呼んだ。
ようやく、彼の順番になったようだ。
望は手にしていたA4サイズの厚手の用紙を白衣の女性に差し出す。女性は緩慢な動きで、それを受け取ると、用紙に視線を向けた。
「アンダーポイント1ね……はい」
彼女はすぐに無関心な表情を浮かべると、隣に座ってた助手に用紙を突き出した。
そんな白衣の女性の一挙手一投足は、「乗り気がしない」もしくは「うんざりだ」と言う感情がにじみ出ている。
とはいえ、それは望に関係ないことだ。
彼だって、こんな超能力検査などさっさと終わらせてしまいたいと思っている。別に、検査官の態度にやる気が感じられなくとも、さっさと終わらせてくれるのなら文句はないのだ。
「それじゃあ、ブースの中に入って」
「はい」
検査官の女性に促され、望が厚さ5センチほどの遮蔽板で仕切られたブースの中へと進む。
ブースの中央にビニールテープで印がつけられていた。望は、そこが立ち位置だろうと判断して、印の上で立ち止まる。
「それじゃあ、こっちが合図するまで楽にしてて」
検査官はそう言うと助手に視線を向けて、一言二言指示を出した。
「ちゃんと初期化してね?」
「はい、今、初期化中です」
「うん、OKなら言って」
検査官がテーブルの上に置かれていたマグカップに手を伸ばした。検査開始までもう少し時間がかかるのだろう。
望がブースの中を見回す。
前後左右に黒い半球のセンサーが配置され、そこから延びるケーブルが検査官と助手が見つめているパソコンへつながっている。
それらは、望が中学3年生になるまでいくどとなく見てきた光景だ。
年に一度、3月のこの時期になると、望が住んでいるアンダーポイント地区で行われる超能力検査。
アンダーポイント用の簡易検査として知られている『アレイク試験』は、四方に配置したセンサーで電磁波、振動、温度などの様々な変化を感知し、その数値からヴァリエンティアの能力値を検出する。
もっとも、遮蔽板で仕切るだけの簡単なブースで行われていることからも分かる通り、精密なものではない。研究対象にもならない能力値の低い者たち・アンダーポイント向けの粗末な検査だ。
パソコンを覗き込んでいた助手が顔を上げた。
「完了です、準備できました」
「んッ……OK?」
検査官が慌てたようにマグカップをテーブルの端に置いた。
彼女が押しボタン式のスイッチを手に取る。本人はまったく気づかなかったが、スイッチのコードがマグカップに当って、今にもテーブルから落ちそうになる。
(あ、落ちそう……)
それに気づいていたのは望だけだった。
「それじゃあ、検査します……3、2、1、はいッ」
はいッ、と合図したのと同時に、検査官がボタンを押し込む。
案の定、コードが引っ張られてマグカップが落ちた。
「『エクスクルード』!!」
とっさに望が叫ぶ。
彼が口にしたのは、セーフティスペルと呼ばれる超能力発動の切っ掛けとなる特殊な言葉だった。
その瞬間、マグカップの落下が極端に遅くなり──そして空中で停止した。
「危ないなあ」
望がマグカップの方へと歩いていく。
そして空中で停止したマグカップを手に取ると、中身をこぼさないように持ち上げた。
この現象に対して、検査官は黙ったまま微動だにしなかった。
隣の助手はまばたきすらせずに、ディスプレイの一点を見つめている。
もっとも、それは彼女たちだけではなかった。
退屈そうに順番待ちをしている生徒たちも、検査を終えて教室に戻る生徒も、だれかを注意しようと指を前に突き出している教師も、体育館全体が……いや、世界全体が、その瞬間で静止していた。
ザワザワと騒がしかった館内は、シーンと静まり返り、物音一つしていない。
窓の外では、近くの浜辺から飛んできた海鳥が停止したまま空に浮かんでいた。
望はマグカップをテーブルの上に戻すと、何事もなかったようにくブースの中央へときびすを返す。
彼だけが、この時が止まった世界で動いていた。
望はブースの中央に戻ると、時が止まる寸前に見ていた方に視線を向ける。
その瞬間、一斉に周囲から声や様々な音が聞こえてきた。
「……はい、いいですよ。楽にしてて」
停止していた検査官も元に戻り、そんな風に望に声をかけてきた。
「どう? 数値は?」
「0.213アレイクです」
「0.2? 本当?」
検査官が助手に聞き返した。
「はい、0.2です」
助手がディスプレイを見直してから答える。
「……そう」
検査官は小さく頷くと、すぐに無気力な表情を浮かべた。
「おつかれー、彼女から用紙を受け取ってね……はい、次の人ぉ」
望がブースから出て、検査官の助手から用紙を受け取る。
「アンダーポイント2だよ。よかったね」
「……そう、ですね」
助手から能力値が上がったことを褒められたが、望は曖昧な返事をしただけだった。
検査を終えた望が用紙を見つめると『中学校卒業時』と書かれた項目に『UP2』と記されていた。
それ以前の項目には『UP1』という文字が並んでいる。
「アンダーポイント2か……」
自分の能力値が上がったわけだが、だからといって望はうれしそうではなかった。
16年前。スターティングコールと呼ばれる世界規模のテレパシー事故によって、世界中の胎児から2歳児までが超能力を身につけてしまった。
望もそんな超能力者・ヴァリエンティアの1人だ。
それも『時間を停止させる』という他に類を見ない絶大な能力を持っている。
しかし、その能力が故に、計器で測定することが不可能だった。
念動力や発火能力のように数値として表れる力なら一目瞭然だが、彼の能力は世界全体に作用するため、相対的な変化がない。
止まった時間を計ろうにも時を止めると時計も一緒に止まってしまうからだ。当然、計器上の数値はほとんど変化しない。
そのためアンダーポイントと認定されてしまったのだ。
しかし望がそれを悲観したことはなかった。
むしろアンダーポイントとして気楽な学生生活を過ごせる現状に満足している。
彼が自分の能力を誇示したければ、時を止めた後に2メートルほど移動してから時間を戻せば一目でわかるだろう。そうしないのは、自分の能力が公になれば、今の生活を失ってしまうと考えてのことだった。
今回は検査の最中にマグカップをテーブルに戻したことで、センサーがなんらかの変化を拾ってしまったからだろう。今までのアンダーポイント1ではなく、アンダーポイント2という検査結果が出てしまった。
だが、アンダーポイントはUP0~UP9の10段階ある。そのうちのUP2だ。些細な変化であっため、検査官もその助手もことの重大さに気づいていなかった。
「よお、お前も終わったのか?」
背後から声をかけられ、望が振り向く。
すると親友の鳴島隆人が、検査用紙をヒラヒラと仰ぎながらこちらへやって来るところだった。
「どうしたんだ? 検査結果が不満なのか? どれ、見せてみろよ」
そう言って、隆人が望の用紙を取り上げる。
「お、2じゃん、めずらしい……あー、あれだ。検査官のお姉様が卒業記念にまけてくれたんだな」
隆人はうんうんと頷くと、望に検査用紙を返した。
「卒業記念か……うん、そうかもね」
望が小さく笑う。
望と隆人は、幼稚園からの幼馴染みで共にアンダーポイントとして育った間柄だ。
超能力だけではなく、勉強に関しても同じぐらいダメだったことで、ますます仲良くなった。
それから十年という年月を共に過ごしたことで、自他ともに認める無二の親友だ。
二人が体育館を出ると、丸坊主の少年が笑顔で駆け寄ってきた。
「隆ちゃん、のっち、検査終わったの?」
すると他の少年たちも二人の周りに集まってくる。
望と隆人の周囲に、10人ほどの男子が集まった。
皆、友人やクラスメイトたちだ。
「来週には卒業かー」
みんなで教室へと戻る最中、丸坊主の少年が寂しそうに言った。
すると他の友人たちが、次々に口を開く。
別れを惜しむ者、強がる者、茶化す者、反応はそれぞれだった。
「これで9年間一緒にいた連中とも離れ離れだ」
「西山とか優等生連中は高専だっけ?」
「だーかーらー。その『優等生』はやめてくれよ。そんなんじゃないんだって」
「少なくとも港高に行く、俺らよりはいいだろ?」
望を取り囲む少年たちは、ほとんどが小学校の頃からの友人だ。
いつもこうしてつるんでいるが、それも高校進学を期に離ればなれになってしまう。
「確か隆人と望は中央だったよね?」
メガネの少年がたずねた。
彼の問いに、隆人が答える。
「俺らだけじゃなくて、熊谷とか他の奴らもな」
「中央ってことは、学生地区に行くことになるんだね」
「隆ちゃんものっちもあっちに行っちゃうんかー」
丸坊主の少年が寂しそうな顔を浮かべた。
それを見て、望が慌てて口を開く。
「落ち着いたら地元に遊びに来るよ」
それを聞いた他の友人たちが声を上げた。
「そうだぞ、絶対来いよッ」
「おし、忘れんなよ。必ずだぞ」
「その時は連絡してね」
「約束破ったらこうだからな」
友人の一人が望の首を絞めようとする。
「大丈夫、俺が引きずってでも連れてくるから」
そう言って、望の肩に腕を回してきたのは隆人だった。
「頼んだぜ」
「隆ちゃんに任せれば安心だ」
いつの間にか友人たちの表情は笑顔に変わっていた。
あと一月もしないうちに新しい高校生活が始まる。
友人たちと離れ離れになるのは寂しかったが、彼らが笑顔で送り出してくれたから不安よりも期待で胸がいっぱいだった。
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風澤望はアンダーポイントである。
こうしてアンダーポイント地区から学生地区へと移り住むことになった彼は、一条ひなた、織戸神那子、イリーナ・アンダーソンらと出会い、様々な出来事を体験をすることになる。
作:津上蒼詞