アンダーポイントとは研究対象にもならない微弱な能力者に対する呼び名だ。
そんな望が、ある出来事がきっかけで最重要能力者の織戸神那子と親しくなった。
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望と織戸は結波市の研究地区にいた。
最重要能力者の織戸は、彼女の能力の研究のために毎日、研究地区へ足を運んでいる。
そして望の方は、超能力研究施設・セントラルの所長を勤める桐島麗子の個人研究を手伝うために、月に何度か織戸と共に研究地区へ出向いていた。
その日。お互いに今日の用事を済ませた二人は、一緒に研究地区で夕食を取ることにした。
やってきたのはセントラルの近くに店を構えているカフェ&バル『Lime dining』。店内は黒を基調としたモダンな雰囲気のお店だ。
(わあ、なんか大人って感じの店だな)
望が店内を見回していると、奥から若い女性の店員がやってきた。
店員は望と織戸の姿を見て少し驚いた顔をする。
「神那子ちゃん、今日はレイさんと一緒じゃないのね。まだ仕事中なの?」
「はい。最近は忙しいようです」
どうやら店員と織戸は顔見知りのようだった。
「予約をしていないのですが、席は空いていますか?」
「二人ね。それなら大丈夫、すぐに案内できるわ」
二人が店員に案内されたのは四人用の個室だった。
「へえ、個室なんだ。でもなんで個室に通されたんだろう?」
「この店舗は全席個室ですよ」
「え、そうなの?」
「はい、個室なら仕事や研究の話などもしやすいということで、研究地区の飲食店では全席個室の店舗は多いんですよ」
「逆にアンダーポイント地区や学生地区だと、ほとんど個室って無いよね」
「利用客によってニーズが違うのだと思います」
「僕、こんな所で食事するのは初めてだよ」
望が織戸に笑みを向ける。
すると彼女が上目遣いで彼を見つめた。
「喜んでいただけてよかったです……それでは何を頼みますか?」
織戸がメニューを差し出す。
望はそれを受け取ると、ゆっくりとメニューをのぞき込んだ。
(個室……ってことは料理の値段が高いんじゃ──)
望は店の雰囲気や個室に通されたことで、この店が高級料理店ではないのかと若干ビビっていた。
さらに、アンダーポイント地区や学生地区の飲食店は学生が利用するためリーズナブルな値段が設定されているが、ここは大人が利用する店だ。
もしかしたらとんでもない料金の店かもしれない。
「……あれ? 思っていたよりも安い?」
「それは料理の値段のことですか?」
「うん。もっと高いのかと思った」
メニューに表示されていた値段は、学生地区の飲食店とそれほどかわらなかった。
「研究地区では、ここれが普通の値段だと思います」
「もしかして、研究所の職員ってそんなに給料もらってないの?」
「さあ、どうなのでしょう? そこまではわかりませんが、この値段はアルコールを提供することで補うことができている……と聞いたことがあります」
タバコやアルコールの類は、学生達が暮らしているアンダーポイント地区や学生地区では販売を禁じられているが、研究地区では販売を認められている。
もちろん、だからと言って学生が研究地区に来てもタバコやアルコールを購入することはできない。法律上販売できない、と言うだけではなく、結波市が導入している電子マネー・Shellのシステムによって未成年者との売買が成立しないようになっているからだ。
「さて、何を頼もうかな?」
「チーズフォンデュはいかがですか? 前に食べたのですが、とても美味しかったですよ」
「じゃあ、それを頼もうよ。あと他には……」
他にもバジルソースのパスタに新鮮野菜のサラダプレート、ドリンクにグレープフルーツジュースと琉球紅茶、デザートは織戸がおすすめしてくれたガレット&クレープとデザートプレートを二人は頼むことにした。
注文してからすぐに、ドリンクとチーズフォンデュが運ばれてきた。
「わあ、美味しそう。チーズがいい香り」
「熱いので気をつけてくださいね」
「もぐもぐ……これ、すごく旨い」
望が子供のように喜ぶ。
「それはよかったです」
ほとんど感情を表に出さない織戸は、その時も表情こそ変えなかったが望の様子を見てうれしそうだった。
その後、注文した料理を食べ終え、二人でデザートを食べている時だった。
「この前に連れてってもらったお店もそうだったけど、織戸さんってこんな感じの店によく来るの? さっきの店員さんとも顔見知りだったみたいだし」
望の『こんな感じの店』とは、オシャレで大人っぽい雰囲気の店、という意味だ。
「そうですね。私が外食する時はだいたいレイと一緒なので、ほとんどがレイの紹介ですよ」
「え? レイって……あの所長さんだよね?」
望が驚いたような顔をする。
「はい、そうです……何か変ですか?」
「いや……」
桐島麗子という人物に対する、望と織戸のイメージはだいぶ違うらしい。
少なくとも望にとっての桐島は、こんな店に織戸を連れてくるような人物ではない。
「意外というか、なんというか……」
「?」
「あはは……それは、それとして。こんなお店に連れてきてもらったから、今度は僕がどこかに織戸さんを連れていくよ」
「望さんが私に?」
「うん。織戸さんってビリヤードしたことある? 実は最近、プールバーに通っていて……」
二人はデザートを食べ終えても、しばらくは楽しそうに会話を続けた。
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風澤望はアンダーポイントである。
最重要能力者の織戸神那子と彼は育ちも経験も全く違う。
だが二人にとっては、そんなことはほとんど関係なかった。
作:津上蒼詞