最重要能力者とは国内で最も希少価値の高い能力を持つヴァリエンティアのことで、その能力は国家が保護、管理すべきだとされている。
そしてその織戸神那子当人は、知的でいつも冷静な少女だ。
ほとんど感情を表に出すことはないが、それ以外は弱点といえるような部分はない。
──と、周囲の人たちは思っている。
+ + +
その日は昨夜から雨が降り続いていた。
その雨も朝にはやみ、正午を過ぎたあたりで青空が顔をのぞかせた。
現在は、快晴の空が広がっている。
「織戸さん、お待たせ」
お昼休み。風澤望が織戸に声をかけてきた。
今日は望と一緒に昼食を取る約束をしていたからだ。
「ごめんね。レジが混んでてさ、あいかわらずお昼休みの校内ストアはめちゃくちゃ混んでいたよ……やっぱり昼食は食堂のテイクアウトにするべきかも。あそこなら、もっと早く……」
「……」
あはは、と笑いながら話している望を織戸は黙って見つめていた。
「ん? どうしたの?」
織戸がスッと視線をはずす。
「……いえ、なんでもありません」
そして少しだけ俯く──この一連の動作は、織戸が照れている時の仕草だ。
よく見ると、うっすらと頬も紅潮している。
「?」
とはいえ、望がその仕草の意味に気づいている様子はなかった。
織戸は普段から感情表現に乏しい。
彼女の気持ちを、些細な言動の違いから読みとるのは難しかった。長い間、彼女と親密な関係を続けてきた人物でもない限り、今の仕草から、織戸が照れている、と察することはできないだろう。
「えーっと……それじゃあ、どこで食べようか?」
「この先にベンチがあります」
織戸が中庭の方を見つめた。
「じゃあ、そこで食べようか?」
「はい」
二人が中庭へと歩きだす。
今朝まで降っていた雨のせいで、地面は少しぬれていたが歩きにくいというほどではなかった。
これならベンチも水浸しにはなっていないだろう。
それから織戸と望は歩きながら、昨日のメールのやり取りや最近読んだ本のことなど他愛のない話を交わしていた。
「僕は面白いと思ったんだけど……あ、ベンチってあれかな?」
「はい、あのベンチで──」
織戸が急に黙ってしまう。
こんな風に言葉を途切れさせるのは珍しかった。
「……あれ? 織戸さん?」
望も織戸の異変に気づき、その顔をのぞき込む。
「おわっ、どうしたの、大丈夫? 織戸さん?」
望が慌てて呼びかける。
彼が慌ててしまったのは、今まで普通に話していた織戸が『真っ白』になっていたからだ。
目は虚ろで、体を硬直させている。
望でも彼女が思考停止状態なのはわかった。
「織戸さん、大丈夫?」
「……は、はい」
望が織戸の肩を揺すると、ようやく現実に戻ってきた。
「急にどうしたの?」
「なんでも……いえ、なんでもない事はありませんね」
織戸は望を見つめながらも、チラチラとベンチの方に視線を送っている。
「……実は、アレが苦手なのです」
織戸が顔を背けながらベンチを指さす。
よく見ると、ベンチの上に人の拳ほどの大きさの黒っぽい固まりが乗っていた。
「アレって……アフリカマイマイ?」
織戸は無表情のまま、何度も頷いた。
ちなみに、アフリカマイマイとは世界最大級のカタツムリで、その大きさは15センチほどの大きさになることもザラだ。
その衝撃的な大きさと軟体動物的なグロテスクさ、コイツは害虫だと生理的なところに訴えかける赤黒い配色から、結波市中の女子から『この世から消えてほしい虫ワースト3』に入るほど嫌われている。
織戸も他の女子と同様、結波市にやってきた年にアフリカマイマイとのファーストコンタクトを経験して苦手になった。
その度合いは、先ほどのように思考停止に陥ってしまうほどだ。もはや、弱点と言っても差し支えないだろう。アフリカマイマイの存在は、織戸にとって死活問題なのだ。
「わかった。ちょっと待っててね」
そう言うと、望はベンチに近づきひょいとアフリカマイマイの殻を持ち上げ、植え込みに投げ捨てた。
結波女子にとっては天敵のアフリカマイマイも、望にとってはただのでかいカタツムリでしかなかったのだ。案外、頼れる男だ。
「これで大丈夫──って、あれ?」
望が振り向くと、織戸がまた真っ白になっていた。
彼にとってはなんでもないことだったが、アフリカマイマイを素手で掴むなんて、彼女には考えられない行動だったからだ。やはり、無神経な男だ。
+ + +
織戸神那子は最重要能力者である。
その後、望に対して「アフリカマイマイを素手で触ることが、どれだけ危険な行為なのか」について、昼休みの間ずっと説教しつづけた。
作:津上蒼詞