周りからは「品行方正」「文武両道」「執行部のエース」なんて呼ばれているけど、少しだけ能力の扱いが上手なだけの高校一年生の女の子でしかないわ。
それが──バレンタインとなればなおさらよ。
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放課後、あたしは望と一緒に『HUIT』という洋菓子店にやってきた。
彼と一緒に洋菓子店を訪れたのは、執行部の関係者へ渡すバレンタインのチョコを買うため。
ようは荷物持ちね。
「うわあ、すごい並んでいる」
望が目の前の光景を見て声を上げた。
今日は2月14日。
この日、バレンタイン用のチョコレートを買い求める女子生徒達が、有名洋菓子店『HUIT』に詰めかけるのは毎年恒例だ。
あたしは毎年見てきた光景だけど、去年の4月にアンダーポイント地区から学生地区にやってきた望にとっては見慣れない光景だったようね。
「さあ、ぐずぐずしてないで行くわよ」
HUITに並ぶ女子生徒を見て呆然としていた望を引き連れ、列の最後尾に加わる。
「大丈夫? こんなに買う人がいたら、ひなたが買う分がなくなっちゃうんじゃない?」
望が心配そうな顔で問いかけてきた。
でも、そんな心配は必要ないわ。
「大丈夫よ。ちゃんと予約してあるから……ほら」
あたしは学生証を取り出すと、認証コードと二次元バーコードが映し出された画面を彼に見せた。
この認証画面が引換券の代わりになる。
「さすが、ひなただね。しっかりしてる」
「当然よ」
並んでいる間、望と他愛のない会話をしながら周りの女子生徒達にも視線をむける。
あたしと同じように男子と一緒にいる人は2、3人で、ほとんどはひとりか数人の女子グループのようだった。
HUITは有名店だから、きっと彼女達のほとんどが本命チョコを買いにきた人だと思うわ。
学生ならバレンタインデーでチョコレートを渡す場所は『学校』、そのタイミングは『早朝や休み時間、または放課後』というのが一般的でしょうね。
でも、高度制令都市で暮らしているあたし達・ヴァリエンティアは少し違う。
まず場所が学校である必要はほとんどない。
あたし達は高度制令都市という限られた地域で暮らしているので、相手の住んでいる場所まで本命チョコを渡しに行く手間はそれほどかからない。どこの寮に住んでいるのかだって、少し調べればわかる。
わざわざ人目のある学校で渡す必要はないってことね。
相手の寮の近くに呼び出して本命チョコを渡す──これが結波市では一般的なの。
こうして2月14日の放課後という時間にHUITが混雑しているのも、彼女らはその足で本命チョコを渡す相手のところへ行くつもりだからでしょうね。
「……本命チョコかあ」
「ん? ひなた、今何か言った?」
「な、何でもないわ」
「そう? あ、僕達の順番だね」
ようやく店内に入ることができた。
あたしは、すぐに店員さんに学生証の画面を見せる。
「予約ですね……少々お待ちください」
店員さんは画面の二次元バーコードを端末で読みとると、予約した商品を取りに行った。
「今日はチョコだけに絞って販売しているんだね。おかげで色々なチョコがあったよ……」
あたしが店員さんとやりとりをしている間に、望はサッと店内を見て回っていたようね。
「見ていたらチョコが食べたくなってきちゃった」
「食べたかったら、あなたも買えばいいじゃない?」
「うーん、でもなあ……」
まあ、そうね。
バレンタインデーに男子が自分でチョコを買うのはアレよね。
それならあたしが……。
「……織戸さんから貰ったチョコがあるから大丈夫」
え?
「織戸さんからチョコを貰ったの?」
「うん。昼休みにね」
望が学生鞄の中から、綺麗にラッピングされた包みを取り出す。
購入したチョコレートの包装ではない、いかにも手作りなチョコレートだ。
(織戸さんは手作りなの? でも、今からじゃあたしの方は間に合わないし……)
「お待たせしました。では、レジの方でお会計をお願いします」
その時、店員さんが予約したチョコレートが入った袋を持ってくる。
あたしはそれまでの思考を中断して、お会計を済ませるためにレジに向かわなければならなかった。
「ありがとうございました、またのお越しを」
HUITを出たあたしと望は、たくさんのチョコレートが入った紙袋を手にしていた。
「すごい数だね。こんなにチョコを渡す相手がいるの?」
望が紙袋をのぞき込む。
やっぱり、かなり多いよね。自分でもそう思うわ。
「ほとんどが執行部の関係者に配る物よ。確かに多いけど、みんな本部にいるはずだからすぐに済むわ。これから渡しにいくから、望は本部まで荷物持ちをよろしくね」
「うん、わかった。それじゃあ、行こう」
望がすぐに歩き出そうとする。
ちょ、ちょっと待ちなさいよ。まだ、話は終わっていないんだから……。
「……の、望」
「どうしたの、ひなた?」
あたしは彼を引き留めると、紙袋の中からチョコレートを取り出して、ぶっきらぼうに突き出した。
突き出したチョコレートは今日買った沢山の義理チョコとは趣向の違う、少し高級そうな箱。
「今のうちに、荷物持ちをしてくれたお礼を渡しておくわ……もしかしたら織戸さんのチョコレートがあるから、いらないかもしれないけど」
なぜか、ちょっと声が震えた。
それに、望の顔をまともに見ることができなかった。
「いらないなら別に……」
「本当? ありがとう」
突き出したチョコレートを引っ込めようとした瞬間、それは望の手に渡っていた。
「荷物持ちのお礼でも、うれしいよ」
チラッと望に視線をむけると、今日買った沢山の義理チョコとは趣向の違う、少し高級なチョコレートの箱を手にした彼が笑みを浮かべていた。
(その顔、ずるいわよ……どうせ、そのチョコレートの意味なんてわかってないんでしょう?)
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あたしの名前は一条ひなた。
今日みたいな日は、どこにでもいる素直になれない高校一年生の女の子だ。
作:津上蒼詞