最重要能力者とは国内で最も希少価値の高い能力を持つヴァリエンティアのことで、その能力は国家が保護、管理すべきだとされている。
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2029年 4月上旬。
ひとりの少女が公園のベンチに座っている。
彼女は白いワンピースの上からサマーカーディガンを羽織り、その手に文庫本を持っていた。
切れ長の眉に長いまつげ。瞳は開いた文庫本の文字を追うためにわずかに上下している。
色素の薄い髪は茶色く、透き通るような肌は触れれば壊れてしまいそうだ。痩せすぎているわけではないが、全体的に色味の希薄な彼女の容姿は独特のあやうさを感じさせる。それ故に人をひきつける魅力があった。
少女こそ、日本の最重要能力者・織戸神那子だ。
神那子が持つ『最も希少価値の高い能力』とは、『対象物の完全な複製を生み出す能力』だ。それは『複製能力』と呼ばれる、世界で彼女一人しか持っていない能力だった。
複製物を生み出す能力は、厳密にはごく少数であるが彼女以外にも存在が確認されている。
だが複製対象が極端に限られているか対象の質量や複製回数が極端に低い、または複製物のクオリティーに大きな制限がある、などの多くの制約がある能力しか持っていなかった。
そんな中で、神那子の能力は『対象物の完全な複製を生み出す能力』であり、さらに対象物の質量や複製回数に制限がないため、理論上、無限に対象物を複製できる能力だった。
完全な複製が可能。無限に複製が可能。
これが何を意味しているのか?
少し考えれば、誰にだってわかる。
彼女の複製能力があれば、貴金属やレアメタルのような希少価値の高い物質や原油のようなエネルギー資源となる多くの物質などが、1グラムもあれば無限に量産することができるのだ。
一瞬にして巨万の富を得るどころか、一夜にして世界経済を崩壊させることだって可能だ。
それだけではない。
複製能力は高度な精密機器をも完全に複製できる能力だ。銃器や戦闘車両はおろか、核兵器を含む大量破壊兵器であっても無限に量産できてしまう。
複製能力の前では世界経済や軍事バランスはいとも簡単に崩壊する。
そんな力をひとりの少女が手にしているのだ。
異常事態だった。
様々な思惑を持った『大人達』が少女を取り囲み、己の欲望を満たそうと行動を始める。
複製能力によって巨万の富を得るため。
複製能力で失う利権を死守するため。
複製能力への恐怖と不安を煽るため。
複製能力が……。
そんな『大人達』の思惑が、当時10歳にも満たなかった少女の周囲で渦巻いていた。敵意や殺意すら、そこに含まれていただろう。
人の尊厳や感情など簡単に吹き飛んでしまうほど強烈な思惑が、ひとりの幼い少女を中心に渦を巻いていた。
神那子の複製能力が公表されてから間もなく、日本政府とセントラルは能力を国益に利用しない、させないと表明する。そうしなければ事態を収集できなかったからだ。
だが、それでも『大人達』は、少女を取り囲むのを止めなかった。
状況がかわれば日本政府やセントラルも「利用しない、させない」と言い続けることはできない。もしも複製能力に関する方針が変わった時のために……。
巨万の富を得るために、
莫大な利権を死守するために、
恐怖と不安を煽るために……。
もはや『大人達』の目に映っているのは、少女ではない。彼女の持っている複製能力という力だけだ。
それほど複製能力とは強大な能力なのだ。
この世界には、自分を『織戸神那子』として見てくれる人などいないのかもしれない──彼女がそう思ってもしかたがないだろう。
「やあ、君もさぼり?」
その日、突然声をかけてきた少年は、屈託のない笑みを浮かべながら神那子の瞳をのぞき込んできた。
「僕も授業を抜け出してきたんだよね」
少年の瞳に映っていたのは『複製能力』でも『最重要能力者』でもなく『本が好きな15歳の女の子』だった。
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2029年4月上旬。
最重要能力者の織戸神那子とアンダーポイントの風澤望は──偶然、出会った。
作:津上蒼詞