ひょんなことからイリーナ・アンダーソンの『お兄ちゃん』になった。
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教室にいても授業中を除いて、二人はべったりだ。
「お兄ちゃんもクッキー食べる?」
「ありがとう。それじゃあ、貰おうかな」
べったりというのは、言葉通りである。
イリーナが、座っているのは望の膝の上。
時おり、彼の胸に顔を埋めたりもした。
「イリーナが食べさせてあげる」
「そこまでしなくてもいいよ」
「だめ、食べさせてあげるぅ」
望も10歳の女の子に食べさせてもらうのは抵抗があった。
が、結局、折れて口を開けた。
「はい……おいしい?」
「……うん。おいしいよ」
「今度はイリーナの番」
イリーナが口を開ける。しかたなくクッキーの箱から一枚取って食べさせた。
「すごくおいしいよ。お兄ちゃん大好き」
少女は喜びを表現するように彼の胸に頭にあてるとグリグリと押しつけてきた。
望も、こらこら、と言いながら、まんざらではない表情をしている。
イリーナはかなりストレートな愛情表現を行う。
そのかわいらしい容姿もあいまって、それを目にした人間も悪い気はしない。
だがC組には二人の様子を見て黙っていられない人物がいた。
「アンタねえ、いい加減にしなさいよ」
一条ひなただった。
「さっきから見てたら……なんなのよそれッ!!」
「なにってクッキーを食べているだけじゃん」
「そうじゃないでしょッ!!」
「あ、ひなたも食べる? まだいっぱいあるよ」
望がクッキーの箱を差し出す。
「いらないわよ、そんなのッ」
「それじゃあ、なにがいけないの?」
「な、なにって、そんなの……わかんないの?」
ひなたが口ごもる。その頬がだんだんと赤くなっていった。
「お兄ちゃんだか、なんだか知らないけど……そんな風に教室で二人で……そもそもクラスメイトじゃない、それなのにみんなの目があるところで、その……あーん、って……わかるでしょ?」
顔が真っ赤になっていた。
「どうしたの? 顔が赤いよ」
ひなたがわなわなと肩を震わせた。その顔は怒りと恥ずかしさですごい表情になっている。言葉が見つからないのか、口を閉じたり開いたりを繰り返していた。
そしてようやくでた言葉は……
「うッ、うるさいわね。アンタには関係ないでしょッ!!」
大声をあげたとたんに、彼女がその場から走り去っていく。
「待ってよ、ひなた……あーあ、行っちゃった」
取り残された望が首をかしげる。
するとイリーナがため息をついた。
「あんなことを言ったら、ひなただって怒るよ」
「うーん、どうして怒ったんだろう?」
「え?」
望の言葉に、イリーナが驚愕する。
「お、お兄ちゃん? それ、本気で言っているの?」
「……うん。そうだけど」
「はあ、お兄ちゃんって鈍感なところあると思ってたけど、ここまで酷いなんて……ひなたも大変だね」
「え? え? 何? どういう意味?」
イリーナが呆れたように首を振る。
「何か知っているんだったら教えてよ。どうして、ひなたはあんな風に言ってきたの?」
「そんなのイリーナから教えられないよ」
望と違って、イリーナはひなたが注意をしてきた理由と、その根底にある彼女の気持ちを理解しているようだ。
「やっぱり何か知っているの? 頼むよ、そんなこと言わないで教えてよう」
望が情けない顔をする。そんな兄の姿を見て妹が、うーん、と考え込む。
「……やっぱり、だめ。お兄ちゃんには教えてあげない」
意地悪そうに答えると、イリーナはぺろっと舌を出した。
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風澤望はアンダーポイントである。
イリーナ・アンダーソンの世話のかかる『お兄ちゃん』だった。
作:津上蒼詞