ひょんなことから、執行部の一条ひなたと一緒に暮らすようになった。
+ + +
ある、日曜の夜。
「そんなところで寝てたらカゼひくわよ」
望がリビングでうたた寝をしているとひなたがキッチンから声をかけてきた。
「……」
しかし彼は答えない。声をかけられたことに気づいていないようだ。
すると、ひなたのかわいらしい顔が、鬼のような形相に変わった。
「あなた、ちゃんと聞いているのッ!!」
大声で彼を怒鳴りつける。
眉間にぐっとしわを寄せ、両目をつり上げた表情に美少女の面影はない。
「は、はい。起きます、起きてます」
望がソファーから飛び起き座り直す。
起きてます、と答えたが、眠そうな目をしている。今にもソファーに倒れ込んでしまいそうだった。
今日は朝から友人達にサーフショップやバスケットコートなどに連れ回され、くたくたになっていた。
「寝るんなら部屋に戻りなさいよ、そんなところで横になられたらジャマなのッ!!」
「……そうだね、もどる……うん、部屋にもどろう……もどろ」
望の体が徐々にソファーへと倒れ込み、また横になってしまう。
よほど疲れていたのだろう、直後には寝息をたていた。
しばらくして、ひなたが望のところにやってくる。
脳天気な彼の寝顔を見下ろした。
「まったく、言うこと聞かないんだから」
ひなたは自分の部屋へむかうと、毛布を抱えてリビングに戻ってきた。
「カゼひくよ、っていってるのに」
文句をいいながらも望に毛布をかけてやる。
「ホント、バカなんだから」
ソファーの前に座り込み、望の顔をのぞき込む。
「バカ、起きろ」
彼の鼻の頭を突っつく。
「……起きないの?」
ひなたがリビングを見渡す。
二人暮らしのため、彼女と望以外は誰もいない。
そして彼は爆睡中である。
うつむき、ちょっとだけ考える。
なぜか顔が真っ赤だった。
「いくら相手が寝ているからって……でも、バレなきゃ大丈夫……いや、そういう問題じゃなくて……寝ている相手にってのは……うん、良くないよね。そういうのは良くない。ダメ」
何らかの誘惑を振り切ったらしい。
何度も大きく頷いた後に立ち上がる。
そのままリビングを出ようとしたが、ひなたがピタリと立ち止まる。
横目で望の顔を見下ろした。
学園でも1、2を争う美少女の顔が、何かよからぬことを考えている顔になっていた。
「近くで顔を見るぐらいならOKよね?」
足音をたてないように、そっと望の側へと移動する。
ソファーの背もたれに手をつき、そこに寝ている彼をのぞき込む。
ゆっくりと自分の顔を、相手の顔に近づけていく。
相手との距離は数センチのところまできた。
だがひなたは顔を近づけるのを止めない。
(あれ?、アタシ、何やってんの? 何をする気なの?)
ひなたの視界は望の顔でいっぱいだった。
心臓がうるさいほど鳴り響き、頬は紅潮し、体が小刻みに震える。
自分に何が起きているのかさっぱりわからない。
なんとなく……これから『イケナイ事』をするのだろうと思った。
不安と期待が少女の控えめな胸で渦巻いていた。
「……望」
相手の名を囁く。
「……ひなた? なんか言った?」
望の瞼が痙攣し、ゆっくりと……。
「『ゲット・レディ?』ッ!!」
ひなたが叫ぶ。
彼女が口にしたのはセーフティスペルと呼ばれる超能力発動のキーとなる特殊な言葉だ。
この瞬間、ひなたの高速移動が発動し、常人の数十倍という速度で次の行動を行った。
望の顔面をぶん殴る。
これにより、覚醒しかけていた彼の意識は途切れ、また深い眠りにつく。
ひなたの方は、加速状態のまま、逃げるように自室へと駆け込んでいった。
翌日、望は鼻にティッシュを詰めた姿でひなたに尋ねる。
「朝起きたら鼻血まみれだったんだ。どうしてだろうね?」
「そ、そんなの知らないわよッ!!」
しかし、強い口調で切り捨てられた。
+ + +
風澤望はアンダーポイントである。
高速移動の使い手・一条ひなたと同棲している。
作:津上蒼詞