アンダーポイントとは、研究の価値もない微弱な超能力と能力者の総称である。つまり風澤望は、役立たずだ。
さらに、望は頭も悪い。学校の成績も落ちこぼれだ。
そんな彼が、ひょんなことから一条ひなたと一緒に暮らすようになった。
+ + +
ある日の夕方。
突然、望は頭を抱えながら嘆いた。
「もうだめ、僕には無理だ。おしまいだ」
望の声が、リビングに響いた。
すると、ひなたが眉をひそめてこう言った。
「あきれた。勉強を始めてから10分もたっていないじゃない」
「だって、ぜんぜんわからないんだよ」
「普段から勉強していないからよ。あんた、学校から帰ってきて、予習とか復習とかしてないでしょ? そのツケが回ってきたのよ」
望には耳の痛い言葉だった。言い返す言葉もみつからない。
ひなたの言う通り、彼は普段からまったく勉強をしていなかった。さらに休日となれば午前中から夕方になるまで遊び回っていたのだ。
望が肩を落としてうなだれる。
それを見て、ひなたがため息をもらした。
「とにかく、やるしかないでしょう? 来週から中間テストなんだから」
一週間後に迫った中間テスト。それが、望が勉強をしている理由だった。
このままでは赤点をまぬがれそうにない彼は、ひなたに勉強を教えてください、と泣きついたのだ。
「……テスト、嫌な言葉だよね」
「余計なこと言ってないでやる。わからないところは教えてあげるから、どこがわからないの」
ひなたが優しく微笑む。
「……全部」
ひなたが拳を握りしめた。
「ぶっ飛ばすわよ」
「ご、ごめん、今のはナシ……とりあえず、ここの数式なんだけど」
「わかった、ここね」
ひなたは周囲から文武両道、品行方正、さらに執行部のエースと呼ばれている。
学校の成績も学年で上位に食い込む秀才ぶりだ。
望に勉強を教えるには、うってつけの人物だった。
「ほら、こうすれば……ね?」
「あ、解けた。すごい」
「この公式を使えば、だれだって解けるわよ」
「そうじゃなくて、ひなたの教え方が上手いって意味」
そのとき、望が顔をあげた。同時にひなたも彼に顔をむける。
「「!!」」
二人が顔を見合わせた。
(ち、近すぎるよね?)
(いつの間にこんなに)
二人がなにも言わずに少し距離をあけた。
ひなたは小さく咳払いをすると、問題の説明を続けた。
望も気を取り直して、彼女の言葉に耳を傾ける。よけいなことは、考えないようにしながら、しばらく勉強に打ち込んだ。
「これは、さっきの公式だよね」
「そう、ここで教えた……」
二人が同時に教科書に手を伸ばした。
「「あッ」」
思いがけず、二人の手が触れてしまう。
すると、ひなたが手を引っ込めた。
「……ごめん」
「……うん」
望もひなたも顔を真っ赤にしていた。
なんとなく話しかけづらくて、二人とも黙ってしまう。
「「……」」
少しの沈黙の後、ひなたが口を開いた。
「紅茶でも入れる。あんたも飲むでしょう?」
「あ、うん。ありがとう」
ひなたはキッチンへと早足で向かった。
その場に取り残された望は、気を取り直して教科書を開く。
「……よし、やろう」
その時、学生証がメールの受信を告げた。
送り主は織戸神那子だった。
──望さんへ
先日お会いしたとき、中間テストに不安を抱いているように感じました。
そんな望さんに、的確なアドバイスができなかったことをお詫びします。
私は学生生活を始めたばかりなので、中間テストの経験がないのです。
こめんなさい。
──神那子
PS 参考書という勉強に役立つ書籍が売られているようです。よろしければ、明日にでも一緒に買いに行きませんか?
メールを読んだ望は、一緒に買いに行こう、という主旨の返信メールを打ち始めた。
そこにトレイにティーセットを乗せたひなたが戻ってきた。
「メール?」
「うん、織戸さんに」
そのとき、ティーカップに紅茶を注ぐ、ひなたの手が止まった。
さらに眉をピクンと跳ね上げ、目つきを鋭くさせる。
その顔は──へえ、あたしと勉強している最中に他の女の子とメールするんだ、言い度胸じゃない。
という表情になっていた。
「よし、送信」
望がメールを送信すると、ひなたがティーカップを差し出す。
「あ、ごめんなさい。手が滑っちゃった。ワザトジャナイノ」
望の太股に、いれたての紅茶が降り注ぐ。
「ぎゃあッ、あ、熱いッ、熱っうう。ヤケド、火傷しちゃうッ!!」
望は飛び上がると、そう叫びながらリビングをかけまわった。
そんな彼を横目に、ひなたはすました顔で紅茶を口にした。
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風澤望はアンダーポイントである。
一緒に暮らす一条ひなたは、15歳というデリケートな年頃だ。
作:津上蒼詞