今日は、ちょっとした事件に巻き込まれた。
モブたる私がまさかの事態である。
なんでそうなったのかは不思議だけど、事実は事実。
それは、クラスメートのKさんとのスイーツ部(非公認)の活動中に起こった。
「Hちゃんはすごい」
そうKさんに聞かされること、数ヵ月。
いい加減、耳タコです。
そう思いながらも言葉にはせず、『蔓茘枝(つるれいし)』の名物である巨大パフェ『GOYAGOYAぱふぇ(もりもり)』を攻略すべく、私はもくもくと口を動かした。にがあまっ。
放課後にカフェなどを一緒する仲のKさんだが、特別親しいかというとそうでもない。
そんなKさんと話すことと言えば(話すのはもっぱら彼女だが)、食べ物のことか、クラスのことか、彼女の中学時代からの友人のことか、ぐらいであった。
Hちゃん、改めIさんは学園の有名人。
美少女という言葉が似合う容姿に、文武両道で品行方正という中身。
まさに非の打ち所がない人物で、さらに『執行部のエース』であるとも聞いた。
……あなたはマンガのキャラですか、と突っ込みたいが、実在するのだから世の中は怖い。
そんな彼女は、ある意味でとても目立っていた。
学園内でIさんが歩いていると自然と空気が変わり、気がつけば視線がそちらに向いてしまう。
彼女はいつも背筋を伸ばし、颯爽と歩いていた。
けれど、それとは逆に周囲はざわついている。
それを見かける度に、私はなんだか不思議な気持ちになった。
「それでね。Hちゃんがね」
よく話がつきないなと感心してしまうぐらい、KさんのIさん語りはいつまでも続く。
生徒会の仕事は守秘義務とか色々とあるのか、Kさんの話は要領を得ないことが多かった。
ただ、ほとんどの締め言葉が『Hちゃんはすごい』で終わる。
……ごめん。
私には情報が少なすぎて、どこがどうすごいのかさっぱりわからないよ。
二人での巨大パフェ攻略も山を越え、ラストスパートというところで、ビービーと音が鳴った。
Kさんはすぐに鞄から学生証を取り出す。
どうやら、緊急事態のようだ。
「残りは、私がおいしく頂いておきますので」
「ごめんね!」
のんきにしていられたのは、巨大パフェがほぼ跡形もなくなった辺りまで。
最後の一口を運ぼうとした際、無惨にも私の手からスプーンは消えた。
なんだかよくわからないが、私はどうやら人質らしい。
……おい、どうしてこうなった。
「その子を離しなさい!」
凛とした声が響く。
声の主は、件のIさん。
こうして真っ正面からIさんを見るのは、初めてかもしれない。
いやだ、何この美少女。
感心している私の背後で、犯人らしき人物が何かを叫んでいる。
「……はあ。まったく仕方ないわね。 ――『ゲット・レディ?』」
応対するIさんは終始冷静で、どこか余裕さえも感じられた。
Kさんによる刷り込みかもしれないが、『Hちゃんはすごい』のなら、不安がることはない。
この人に任せておけば大丈夫。素直に思えてしまったのだ。
思い出したのは、いつもの揺るぎのない背中。
その背中が、目の前にある。
そう、私を捕らえていた人物が吹っ飛んだのだ。
何を言っているんだと思うかもしれないけど、でもそれが現実。
「邪魔よ。どいてなさい」
言われたと思ったら、今度は私が吹っ飛ばされた。
足蹴にされなかっただけましだが、視界が回る。
……あれ、どういうこと?
「うげっ」
何か下から変な声がしたが、気にする余裕はない。
彼女の動きは早すぎて、私の目では追えなかった。
けれど、そんなことは関係なく、私は彼女から目が離せない。
だって、『Hちゃんはすごい』を目の当たりにしているんだもん!
犯人も拘束され、事態が落ち着いた辺りで声をかけられた。
「あの、」
「あ、はい」
聞こえてきた方向に顔を向けると、そこには男の子がいた。
……どうやら、私は男の子を下敷きにしていたらしい。
慌てて体を退けると、彼に頭を下げた。
「重くてすみません。あと、あなたのお陰で怪我をしませんでした。ありがとうございます」
「いや、そんな。重さよりも、柔らかさが気になって」
やわらかさ……?
途端、どこからか棒が飛んできた。
すごい音を立てて彼の頭に直撃したが、彼は痛そうにしているだけで怪我はないようだ。
私の件でもそうだが、彼はとても丈夫なのだろうか。
「……あんた、いい度胸してるわね」
これを鬼の形相というのだろう。
せっかくの美少女が台無し、になっていないのが、美少女のすごいところなのかもしれない。
ものすごい剣幕のIさんにまくし立てられて、彼はたじたじになっている。
そこには先程の『エース』としてのIさんはではなく、『女の子』であるIさんがいた。
追記。
後にKさんから聞いた話によると、私を人質に取った違反者は、金属のみを対象とする念動力を持つ能力者だったようだ。あの時、Iさんが私を突き飛ばしたのは、店内にあったナイフやフォークから守るためだったらしい。
思わぬことに巻き込まれはしたが、収穫もあったと言えよう。
私は主にKさんからIさんの話を聞くので、好意的な言葉を耳にすることが多い。
だが、そうではない言葉を聞くこともある。
どちらが本当の彼女なのだろうかと思っていたのだが、どちらも本当の彼女なのだろう。
彼女の仕事っぷりはとにかくあっぱれだ。
Kさんいわく、『Hちゃんはすごい』。
これは同意せざるを得ないだろう。
だからといって、KさんのIさん話を鵜呑みにしたりはしない。
彼女の話は、合っているけど合ってないような気がしてならないからである。
まだまだ観察が必要だろう。
怪我がなかったとはいえ、吹っ飛ばされたことは忘れない。ええ、忘れませんとも!
とはいえ、あれも彼女の不器用な優しさなのだと私は思う。
作:苑屋ココト