ニ時限目の休み時間。鳴島隆人が学生証を操作しながら、風澤望に聞いた。
「リーチ・ユア・マインドでしょ? 聞いた、聞いた。今回のアルバムもよかったよね」
望が笑顔で答える。すると、小柄な少年が2人の話に入ってきた。
「ノーボーダーズの話? ぼくも大好きだよ」
「翔太郎も?」
「とうぜんでしょ!」
小柄な少年・三浦翔太郎は、声を弾ませながら答えた。
3人がノーボーダーズの話で盛り上がっていると、熊谷冬弥が大柄な体を揺らしながらやってきた。
「ノーボーダーズの話ならオレも加えろよ」
さらには、大きなヘッドホンを首から下げた、吉田和基まで話に加わってくる。
「……ノーボーダーズ? 音楽の話か?」
望、隆人、翔太郎、熊谷、和基の5人は友人同士だ。1年C組ではアンダーポイント五人組とも呼ばれている。
休み時間にもなると教室の一角に集まり、5人で話し込んだり、バカ騒ぎをするのだ。
今日もまた、こうして5人のおしゃべりがはじまる。
話題を切り出したのは隆人だった。
「それじゃあ、お前ら。ノーボーダーズで好きな曲はどれだよ?」
真っ先に答えたのは翔太郎だった。
「ぼくはサマーバケーションかな?」
「いいねえ、サマーバケーション。ドライブ中に聞きたい曲だよな。俺、免許もってないけど……で、熊谷は?」
続けざまに、隆人が熊谷に質問した。
「俺は、ロングノーズ・ショートデッキかな?」
「ああー、わかる。わかる」
「チョイスが熊谷っぽい」
「それじゃあ、和基の好きな曲は?」
和基は少しだけうつむき、それから静かに答えた。
「……ハイパフォーマンス」
「さすが和基。選曲が渋い」
「音楽通だね」
「……そうか?」
「次は望だな、お前の好きなノーボーダーズの曲はなんなんだ?」
望は、待ってました、とばかりに即答した。
「僕は、ビューティフル・マインド」
「望もなのか? 俺も同じだぜ。やっぱ、ビューティフル・マインドだよな」
そう言うと、隆人はうれしそうな顔で学生証のディスプレイに触れた。
すると彼が学生証にダウンロードしていたビューティフル・マインドが大音量で流れはじめる。
とうぜん、他のクラスメイトたちは怪訝な顔をした。しかし、隆人は気にも止めずに、イントロに合わせて頭を上下に揺らしはじめる。
そんな彼を見て、4人は苦笑いを浮かべた。
だが、お気に入りの曲を聞き、気分をよくした隆人は、さらに大胆な行動にでた。
突然、イスから立ち上がると、大声で叫んだのだ。
「Alright, You can open your eyes.
You can see, so beautiful world in front of you.
(訳:さあ、目を開けてごらん。君の前には、素晴らしく美しい世界が広がっているから。)」
それは歌詞だった。隆人がビューティブル・マインドを歌いだしてしまったのだ。
これには、望たちも頭を抱えてしまう。
「No matter what anyone says.
In this world, there are things that never change.
There are beautiful things that never change.
(訳:誰がなにをいっても変わらないモノがある。いつの時代も変わらない美しいモノがある。)」
友人たちやクラスメイトが呆れている中、隆人はひとりで歌い続ける。
周りの反応など、気にしていないようだった。むしろ、本人の顔は、楽しそうな表情が浮かんでいる。
「Who's said to you?
This world is dirty, there is no value.
(訳:この世界が、価値のない薄汚れたモノである、だなんて誰がいいやがったんだ。)」
すると翔太郎がため息をつき、イスから立ち上がった……そして彼は、おもむろに低音パートを歌いだした。
「Why should you feel down?
Let's go forward!
(訳:落ち込んでいるなら顔を上げるんだ。)」
隆人と翔太郎は、一瞬だけ目を合わせる。お互いの意思疎通は、それだけで充分だった。
きれいにハモった2人の歌声が教室に響く。
「Okey, You can open your eyes.
(訳:さあ、目を開けてごらん。君の前には、素晴らしく美しい世界が広がっているから。)」
今度は、和基がしぶしぶ立ち上がる。
彼は曲に合わせてギターをひているジェスチャーで、2人の歌に加わった。
「Anytime you are, Close to the something lovable.
Anytime you are, Close to the someone to love you.
(訳:いつだって君が愛すべきモノはすぐ近くにあって、君を愛してくれる人はすぐそばにいる。)」
熊谷は座ったままだったが、リズミカルに足を踏み鳴らし、ドラムを叩く動作を始める。
「The moment you were decided.
Your world is change so beautifully.
(訳:その気にさえなれば、この世界は一瞬にして、素晴らしく美しい世界になるんだ。)」
望の方は、どうしたものかと4人を見つめていた。
すると隆人が、彼の腕をつかんでイスから立ち上がらせる。
そして歌いながら、身振り手振りで「ボーカルを交代するぞ」と伝えてきた。
「え、ちょっと、ま……
Maybe you will notice.
You're a part of the perfection.
(訳:そして気づくのさ。君もこの素晴らしく美しい世界の一員であることを。)」
隆人は望にボーカルを任せると、翔太郎と一緒に低音パートに加わる。
「You're the perfection of beauty.
(訳:君自身が、素晴らしく美しい人なんだってことを)」
望たちの歌声が、休み時間の教室に響く。
はじめは不快感を表していたクラスメイトたちも、ここまでやられては笑うしかなかった。
「Alright, You can open your eyes.
You can see, Wonderfully Beautiful world in front of you.
(訳:さあ、目を開けてごらん。君の前には、素晴らしく美しい世界が広がっているから)」
学生証から流れていた音楽が止む。
曲が終わると、5人はハイタッチで達成感をあらわした。それぞれの顔には、楽しそうな笑みが浮かべている。
最後までやりきった彼らに、クラスメイトたちからも拍手が送られた。
感心している者もいれば呆れている者も大勢いたが、5人には、暖かい拍手が送られた。
休み時間のひととき。1年C組は、心地よい一体感で包まれていた。
……が、運悪く。そこに一条ひなたがやってきた。
彼女にとって、その光景はいつものように5人がバカ騒ぎをしているようにしか見えない。
「望ッ!! あなた、また騒いでいるのッ」
とうぜん、望は注意される。
「え、いや。これは……違う、わけじゃないけど」
しかし、うまく説明ができない。だいいち、「バカ騒ぎ」という意味では間違っていない。
「今日という今日は、ちゃんとお灸をすえてやるわッ」
「ええぇッ」
教室に、望の情けない声が響き渡った。
作:津上蒼詞
訳:task