執行部とは超能力を悪用する生徒たちを取り締まる生徒たちの自治組織だ。その執行部でエースの名で呼ばれるひなたは、誰もが認める優秀な人物だった。
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夕方。任務を終えて帰ってきたひなたは、リビングのテーブルを険しい表情で見つめていた。
視線の先には、十数センチの小さな棒がいくつも並んでいる。形状も様々だったが材質も金属製やプラスチック製、木製など、さまざまだ。
彼女が見つめている『それ』は一般的に『耳かき』と呼ばれている物だった。
「……よし」
ひなたが意を決したように、耳かきを手に取り、恐る恐る先端を自分の耳へと近づけていった。
そして耳の穴へと耳かきの先端を入れた瞬間──彼女らしからぬ声が漏れた。
「いやッん!!」
さらにピクンと体まで震わせる。
ひなたは、すぐに離した耳かきを恨めしそうににらみつけた。
「……やっぱりダメだわ」
そう言うと、彼女が大きくため息をついた。
一条ひなたは、品行方正、文武両道、そして執行部のエースとも呼ばれる優秀な人物だが、苦手な物がないわけではない。
ひなたの苦手なもの……そのひとつが、耳かき、だった。
子供の頃から耳かきが大の苦手で、耳に異物を挿入する感覚が耐えられなかった。くすぐったいのだ。それは思わず変な声が出て、体がビクンとなってしまうほど。
だからと言って、一切、耳かきをしないのは衛生的によくない。だから、定期的にチャレンジしているのだが、その度に、こんな風に悪戦苦闘をしていた。
「色々な種類を買ってきたんだけど、やっぱり無理」
ひなたは、先端がスプリングのような形状の耳かきを手に取ると顔をしかめた。
「……こんな物を耳に入れて大丈夫なの?」
それからしばらく、彼女はテーブルに並んでいる耳かきを見つめながらブツブツと独り言をくりかえす。
一方、同居人の風澤望は、彼女を見て首をかしげていた。理由を知らない彼には、ひなたの言動は意味不明だ。
とはいえ、彼女が困っているらしいのは、なんとなく理解できたようだ。
「ひなた。さっきから、どうしたの?」
望がひなたの隣までやってくる。
そしてテーブルに並んでいる耳かきをのぞき込んだ。
「これって耳かきだよね?」
「そうよ」
「こんなにたくさん、どうしたの?」
「え? それは……」
少し躊躇したが、ひなたは耳かきが苦手なことを望に説明した。
それを聞いた望は、笑ったりせず、うんうん、とうなずく。
「あー、いるよね。そう言う人……あ、いい物があるじゃん」
望が一本の耳かきを手に取る。
それは先端が透明なプラスチックでできていて、持ち手の部分にスイッチがついている。スイッチを入れると中のライトが点灯して、プラスチックの部分が光る仕組みになっているようだ。
その耳かきを手に、望はリビングのソファーへと移動した。
「こっちに来て、僕が耳かきしてあげるよ」
「え? あんたが?」
「こう見えて僕、耳かきをしてあげるのは得意なんだ」
「なによ、それ?」
「いいから、こっちに来て」
望がパッと笑みを浮かべる。
その笑みにつられた、と言う訳ではないが、ひなたはソファーへとむかった。
彼女がやってくると、望は隣で横になるように言った。
「ひなた、頭はここね」
望が自分の太股を指さす。
「え、それって……」
ひなたの頬が赤くなる。
そこに頭を乗せるということは、膝枕の状態になる。
「どうしたの? ここに頭を置いてくれないと耳かきできないよ」
「そ、そうなんだけど……」
望が不思議そうな顔をする。
彼にとって、それは『なんでもない事』のようだった。
(なによ、その顔。あたしがひとりで取り乱しているみたいじゃない。もう、わかったわよ)
ひなたは意を決したように口を一文字に閉じると、ソファーの上で横になった。そして、ゆっくりと頭を望の太股に乗せる。
「先に言っておくけど、少しでも痛くしたら、ぶっ飛ばすからね」
「あはは、大丈夫、安心して。ただ、少しはくすぐったいかもしれないから。それは我慢してよね」
「え? くすぐったいって……ふひゃ」
ひなたが言い終わる前に、望が耳かきを始めてしまう。
「そ……そんなァ……い、いきな……いきなりなんて」
「ほら、動くと危ないよ。ジッとしててね」
「そんな事を言われても……うにゅ……あにゃ……うぅ」
はじめ、ひなたはモジモジと体を揺すっていたが、それもしばらくすると大人しくなった。
(あれ? 思っていたより痛くもないし、くすぐったくもないかも)
本人が言ったとおり、望は本当に耳かきをするのが上手いかった。耳かきがしなやかで繊細な手つきで、外耳道に触れてくる感覚は、むしろ心地良いくらいだった。
ひなたは、彼の意外な才能に驚かされた。
「……望。どうして、こんなに上手なの?」
「ん? どうして、って……小学校のころから、色々な人にやってあげてるから」
「色々な人にやってあげてる? なに、それ?」
「僕って、中学生までは四、五人で一部屋の寮生活をしていたでしょ?」
望の説明によると、寮生活をしてく中で、望たちのグループでは『耳かきをする』という役割が、いつの間にか彼に与えられたらしい。
「きっかけは、忘れちゃったけど。ひなたみたいに、耳かきが苦手な子にやってあげたのが始まり、とかだったかなあ?」
「あたしには、よくわからないなあ。男の子の共同生活って、そんな感じなの? こんな風に、同居人の耳かきをしてあげる、みたいな」
ひなたには、男の子同士が耳かきをしてあげている光景が上手くイメージできなかった。
「僕のところは、そうだった、ってだけかも……でも、評判よかったよ。うまい、って。ああ見えて、隆人って意外にくすぐったがりだから、毎回、僕が耳かきしてあげてたんだよね。おかげであいつの耳なら、目をつぶっても耳かきできるよ」
「ふーん。まあ、それなら上手いわけよね」
その時、ひなたはあることに気づいた。
(ちょっと、まって)
望の耳かきが心地よかったので忘れていたが、今、彼に自分の耳の中を見られていて、そこから垢をかき出されているのだ。
(これって、かなり恥ずかしい状況なんじゃないの?)
耳の中や耳垢を他人に見られるなんて、そうはない。つまり、これは恥ずかしいことなのではないか? ひなたの中でそんな思いが沸き上がってきた。
「の、望。もういいわ、あとは自分で……」
「ほら、危ないから動いちゃダメだよ。さっきも言ったでしょ?」
望がひなたの頭を抱えた。
これでは身動きがとれない。
(ち、近い。なんか近いよ。それに膝枕とか……)
それまで気にならなかった望との距離や彼に膝枕をしてもらっていることを、急に意識するようになってしまった。
(でも、嫌なわけじゃなくて……むしろ、きもちいいんだけど……)
望の耳かきが上手くて、相手を突き飛ばしてまでやめさせようとは思わない。正直、この心地良さは癖になりそうだった。
(そう思っている自分が、また恥ずかしいのよッ……もう、なんなのよ、この状況ッ!!)
ひなたの顔が、みるみる高揚していく。恥ずかしさと心地よさで、頭の中がどうにかなってしまいそうだった。
彼女にできることは、ぎゅっと両目を閉じて、この恥ずかしさに耐えるしかない。
「はい、おしまい」
望が、ポンと肩を叩いた。
「はあ、ようやく終わったのね」
ひなたはソファーから飛び起きると、気持ちを落ち着かせるために大きく深呼吸をする。
そんな彼女に、望は笑顔でこう言った。
「今度は反対側の耳。さあ、横になって」
「え?」
人間の耳は左右にある。そう言ってきたのは当然だった。
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一条ひなたは、執行部のエースである。
同居人の風澤望は、彼女の弱味を知らず知らずに握ってしまうような人物だ。
作:津上蒼詞