彼女には、情報分析班に所属している上坂香代という親友がいる。
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その日、任務を終えたひなたは、香代と一緒に『プロバンス』で夕食を取っていた。
「もぐもぐ……やっぱり、男子と一緒の生活って想像できない!」
香代が料理を口に含んだまま、そう言った。
ひなたは、ある出来事がきっかけで、風澤望という同い年の少年と二人暮らしをしている。
一方の香代は、当然、異性と同居したことはない。そのため、ひなたの生活に興味があるのだろう。さきほどから、この手の質問ばかりしていた。
ひなたも、そんな親友の気持ちが、わからない訳ではない。
渋々ではあったが、香代の質問に答えていた。
「……そうね。二人で暮らすことになった日に、色々とルールを決めたわ」
「ルール? あー、そう言うのは大事かも。女の子同士でも寮の共有スペースでは、使った後は元の位置に戻す、とか、使いきった人が補充する、とか決まり事があるからね……それで、どんなルールを決めたの?」
香代が身を乗り出してくる。
ひなたは、目を輝かせた親友の様子に苦笑いを浮かべた。
「まず、お互いの部屋には絶対に入らない、ね。これは、いかなる場合においても例外は許されないってことにしたわ」
「うん、それは当然だね」
「次に、食事は各人が用意する、ね。それに伴って、冷蔵庫やキッチンの棚に入れておく食品には、ちゃんと名前を書いておく、というのがあるわ」
「名前を書くのは大事! そうしないと勝手に食べられちゃうから」
「あとは、お風呂やトイレのドアは入る前にノックをする、のと、洗濯機に洗濯物を入れっぱなしにしない、とか……」
ひなたは、望と二人暮らしを始めた日に決めたいくつかのルールを香代に説明した。
「あれ? なんか思ったよりも少ない?」
香代が首を傾げた。
ひなたが説明したルールは、十個もなかったからだ。
「もっと細かく決めているのかと思った。それじゃあ、寮の規則よりも少ないよね?」
それを聞いたひなたは、思案するような表情を浮かべると小さく頷いた。
「……そう言われると、確かにそうね。一緒に暮らすようになってから、まだ、1ヶ月ぐらいだからなのかな?」
「それにしては、少ない気がする。ひなたちゃんならもっと、きっちりルールを決めると思ったんだけどね……例えば、掃除担当の日とか、使った食器はその日のうちに洗うとか、ゴミ出しについてとか」
「……その通りね」
ひなたは望との生活を思い返してみた。
香代の言った、掃除やゴミ出しなどは、特に決めなくてもできている……というより、ひなたが家に帰ると、望が済ませている場合が多かった。
もちろん、ひなたも自分で使った物はその都度、片づけている。使った食器などは自分で洗うし、リビングのテーブルやキッチンが汚れていると感じたら、その時にきれいにしていた。
だが、リビングや玄関、トイレやお風呂の掃除となると一度もしたことがない。望のおかげで、その必要を感じないほど、清潔な状態を常に保っているのだ。
ゴミ出しは、ほとんどひなたが行っているが、彼女が出し忘れても、望がちゃんと出しておいてくれる。
「今まで特に気にしたことなかったけど、望って、何も言わなくてもリビングやキッチンの掃除をこまめにやるのよね」
「望くんって、きれい好きなの? もしかして潔癖性? なんか意外なんだけど」
香代が驚いたという顔をした。
一方のひなたは、腕組みをして考え込む。
「うーん、潔癖性とかではないと思う。ほら、あいつだって小学生の頃から、寮生活をしているわけじゃない? だから、共同生活における最低限のマナーとか円滑に過ごすためのコツみたいなのは、わかっているんじゃないのかしら?」
それを聞いて、香代が首を傾げる。
「共同生活のマナーやコツ? それが掃除なの?」
「掃除だけじゃなくて……振る舞いとか、かな? 余計なことを聞いたりしないし……あと、コンビニに買い物に行くと、よくあたしの分までプリンとかゼリーを買ってくるわ」
「プリンにゼリー? ねえ、ひなたちゃん……」
香代がひなたの顔を見つめた。
「それって、望くんに餌付けされてるんじゃないの?」
「え、餌付け?」
ひなたは、香代の言葉を否定しようと思ったが、つい昨日も、望が買ってきたシュークリームを喜んで食べたのを思い出して、言葉に詰まってしまった。
(あたしって、望に餌付けされているの?)
ひなたが頭を抱える。
そんな彼女をよそに、香代が二、三度、大きくうなずく。どうやら、親友はある結論にいたったようだった。
「まあ、餌付けうんぬんはともかく……望くんは、良い主夫になれる、ってことは理解した!」
「主夫? 何よそれ?」
「だって、そうでしょう? 執行部のひなたちゃん、が帰ってきたら部屋の掃除がされていて、その後も余計な詮索はしないで一緒にご飯食べて、晩酌なプリンが出てくるってことでしょう? それって、バリバリ働く妻とそれを支える良くできた夫じゃん」
ひなたと望のことを、香代が何気なく夫婦にたとえる。
それを聞いたひなたは、思わず顔を真っ赤にしてしまった。
「ぜ、ぜんぜんそんなことないから!」
その後、ひなたは懸命に否定するが、香代はあまり聞く耳を持ってくれなかった。
さらに食事を終えて、店から出たひなたが、望に「今から帰る」という内容のメールを送信したのを見られて、またまた、夫婦だとからかわれてしまった。
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一条ひなたは執行部のエースである。
彼女をからかったり、プライベートな会話をできるのは、親友の上坂香代だけだった。
作:津上蒼詞