学生地区に暮らすアンダーポイントだ。
本来なら、アンダーポイントは学生地区ではなく隣のアンダーポイント地区で生活しているはずだが、俺が通っている結波中央学園には「アンダーポイント枠」があり、そのおかげでアンダーポイント地区から学生地区に移り住むことになった。
ちなみにアンダーポイント枠と言うと特待生のように聞こえるが、俺の頭は良くない。ぶっちゃけバカに分類されるような人間だ。もちろん、能力や学力以外に何か特別秀でたところがあるわけでもない。エロに関してなら自信はあるが……これは、関係ないだろうな。
アンダーポイント枠なんてのは、くじ引きで当たったみたいなものだ。たまたま、だよ。
そんな訳で、住み慣れた地元から学生地区で生活することになったが、同じようにアンダーポイント枠で結波中央学園に入学した連中がいるのでぼっちになったりはしなかった。
なかでも風澤望、三浦翔太郎、吉田和基、熊谷冬弥の四人とはクラスも同じなので良く連んでいる。
そのおかげで、『アンダーポイント五人組』なんて名前を付けられてしまった。
他の奴らはわからないが、実はこの呼び名、俺は結構気に入っていたりする。アンダーポイント五人組、だぜ? とぼけた連中って感じがするじゃないか。
そうそう、最近ではこの四人の他にもダチが増えてきた。だいたいはアンダーポイントだが、A組の奴とかD組の奴は、ちゃんとした能力者で昔から学生地区で暮らしていた人間だ。まあ、どんな能力かは知らないんだけどな。今度、聞いてみるか。
学生地区に移ってきた当初は、柄にもなく不安を感じたりもしていたが、数ヶ月が経ち、学校にもこの街にもだいぶ馴染んできたって感じだ。
もっとも俺らアンダーポイントが、能力者たちの街・学生地区ではマイノリティなのは変わらないんだけどな。
+ + +
放課後、俺はアンダーポイント五人組を引き連れて、ビーチの近くにあるバスケットコートにやってきていた。
メンバーを変えながら、2on2で4回ぐらい試合をした時だった。
「そんなことを言われても困るよ」
翔太郎の声だった。
声が聞こえてきた方向に視線を向けると、休憩をしていた翔太郎の前に、見知らぬ制服を着た四人の男子高校生が立っていた。
俺はすぐに翔太郎のもとへと駆け出す。相手を見た瞬間に、ピンときたからだ。
コイツらは面倒臭い連中だ、と。
「どうしたんだ、翔太郎?」
「あ、隆人。この人たちが……」
俺は翔太郎が言い終わる前に、連中の前に出た。するとリーダー格らしい、茶髪の男と目が合った。
「悪いんだけど、オレたちもバスケしたいんだよね」
茶髪はそう言うと、嫌らしく顔をにやけた。
「だからさ、場所を譲ってよ。あと、ボールもな」
茶髪の言い分は無茶苦茶だ。いきなりやってきて場所を譲れだの、ボールを渡せだの……完全に俺たちを見下してやがる。
「……」
俺が黙っていると、茶髪がさらに笑みを強めた。奴の後ろにいるメガネをかけた長髪の男とタンクトップの男が、押し殺した声でクスクスと笑い始める。
なんとなく、この後の展開が読めた。
きっと茶髪は、俺たちが結波中央学園の生徒だと確認してくるはずだ。
「その制服は、結波中央学園の制服だよな?」
茶髪は思った通りの発言をした。
で、次はアンダーポイントだってことだろ?
「お前等、アンダーポイントだろ? 言っておくけど、隠そうとしたって無駄だぜ。ちゃんと、お前等の学校の奴に聞いたからな」
茶髪が視線を横に向けた。
俺もそこに視線を向けると、コートから少し離れた場所に結波中央学園の制服を着た気弱そうな男子が立っていた。知らない奴だが、あいつは俺たちのことを知っていたのだろう。まあ、それはいい。
「ああ、俺たちは全員アンダーポイントだけど、それがどうかしたのか?」
俺がそう言ってやると、茶髪の顔に張り付いていた笑みが消えた。
「お前、この状況がわかってないの?」
茶髪が右手を持ち上げる。
「『ヒート・アクション』」
茶髪が口にしたのは、セーフティースペルと呼ばれる超能力発動のきっかけとなる特別な言葉だ。それを茶髪が口にしたってことは、自分の能力を発動させたということになる。
見れば、茶髪の指に炎が巻き付いていた。
ちなみに俺みたいなアンダーポイントにもちゃんとセーフティースペルはある。研究対象にもならない微弱な能力だが、いちおう能力だからだ。
確か俺のセーフティースペルは……あれ、そう言えば、俺のスペルは何だっけ? まずいな、年に一回ぐらいしか使わないから、なかなか思い出せない! えーっと……。
「おい、聞いているのか!」
考え込む俺を見て、茶髪が声を荒げた。ごめん、聞いていなかった。
「アンダーポイントのお前たちでもわかるだろ? 素直に従えよ」
茶髪が後ろのメガネやタンクトップに視線を送った。
すると連中が、次々にセーフティースペルを口にし始めた。
「『エレ・トリック』」
「『イージークラック』」
「『ヴァイオレット・ベータ』」
メガネの指先でバチバチと火花が散り、タンクトップの掌で火の玉が転がる。
茶髪を含めた連中が、勝ち誇った表情を浮かべた。
「こんな所で怪我なんてしたくないだろ?」
いや、本当に……思った通りの展開だよ。
地元に住んでいた頃も、この手の連中がアンダーポイント地区にやってくることがあった。
連中にとっては、アンダーポイント=弱者という認識なんだろう。地元にやってくる連中は、俺たちアンダーポイントに対して、こんな風に自分の能力をちらつかせては、理不尽な要求をしたり、金目のものを要求したり、または強引なナンパをしていた。
で、そんな連中に対して、俺たちアンダーポイントはどうしていたかと言うと……『地元の流儀』ってやつで相手をしてた訳だ。
俺は視線を茶髪から外して、いつの間にか隣に立っていた望や和基、熊谷へと目を向けた。
和基と熊谷は黙って目配せをしてきた。望の奴は乗り気じゃないって顔だったが、すぐに小さく頷いた。
翔太郎は……うん、お前はちょっと離れていてくれると助かる。
「もちろん、怪我なんてしたくないんだけど……そっちの言い分は筋が通らないと思うんだよ」
俺は茶髪に話しかけながら、相手を刺激しないようにゆっくりと近づいていった。
「バカだな、お前。自分が誰に何を言っているのかわかっていない?」
「俺がバカなのは認めるけど、自分がしていることなら充分に理解しているぜ」
「これが見えないのか?」
「そんな風に、手を突き出さなくったって見えてるよ」
「オレたちが何者なのか、わかってるのか?」
わかってるよ。
クソ能力者野郎だろ?
「もちろん」
俺と茶髪との間が、拳を突き出せば届く距離になっていた。
「ちなみに、ひとつだけ質問があるんだけど。これって何だと思う?」
俺が自分の左手を持ち上げる。別に何も持ってはいない。ただ、手を挙げただけだ。
それでも茶髪の視線は、俺の左手へと向けられた。
ケンカは先手必勝。それは能力者を相手にする場合も変わらない。むしろ、能力者が相手ならかなり有効な手段だった。
つまりは、だ──俺の左手に気を取られている隙に、茶髪の鼻っ柱めがけて右の拳をたたき込むってことだよ。
拳を硬く握り締め、今、まさに打ち出す──その時だった。
「あー、鳴島じゃないか。こんな所で何をしているんだ?」
少し間の抜けた声で呼びかけられた。
振り向くと、結波中央学園の制服を着た細目の男子生徒がいた。こいつは「A組の奴」こと東町爛丸。二日前に巨乳について熱く語り合ったエロ同士……もとい学生地区でできたダチの一人だ。
爛丸は俺たちの方にくると、茶髪の顔を見て細い目を少しだけ見開いた。
「久しぶりだね。元気してた?」
「別に、普通だよ……東町こそ、どうなんだよ」
「ボク? そうだね。何人か友達ができたよ」
爛丸は、一瞬だけ俺の方に顔を向けると、また茶髪へと視線を戻した。
「そこにいる彼らのことなんだけどね」
「……そうなんだ」
「それで、キミたちはボクの友達と何をしていたの?」
「別に、なんでもない。オレたちはもう帰るところだ」
「ふーん、それじゃあ、またね」
爛丸が茶髪に手を振る。
すると茶髪は、きびすを返してバスケットコートから出ていった。連れのメガネやタンクトップは状況が飲み込めていないらしく、茶髪を呼び止めようとしていた。
「どうして帰るんだよ!」
「そうだぞ。これじゃ、逃げたみたいじゃないか」
「バカ野郎! さっきの細目の男は東町爛丸だ。高レベル認定を受けるほどの強力なパイロキネシスの使い手なんだよ」
「おい、爛丸って……あの東町爛丸? レッドバレットの? マジかよ」
メガネとタンクトップは顔を青くすると、逃げるようにしてその場を後にした。
連中の様子を見る限り、爛丸はただのおっぱい星人ではないらしい。お前って、すごい奴だったのか? 知らなかった。
「みんな、大丈夫?」
おっぱい星人……じゃなくて爛丸が俺たちに聞いてきた。
「たまたま、ここを通りがかったら、鳴島たちとあいつ等が一触即発って雰囲気だったんだもん。焦っちゃったよ」
爛丸は細い目をさらに細くして苦笑いを浮かべた。
「さっきの茶髪の奴は、ボクと同じ中学だったんだけどね。昔っから、自分より弱い人間を見つけるとあんな風に絡んでたんだよ。すぐにどんな状況なのかわかったから、止めるために急いで駆けつけたんだけど……」
そうだったのか爛丸。お前、良い奴だな。
「悪いな。おかげで助かったぜ」
「……あのね。ボクほどではないけど、あいつもパイロキネシスが使える能力者なんだよ。鳴島たちが刃向かうのは無謀だって」
どうやら爛丸は、本当に俺たちのことを心配しているようだった。
「たぶん、今後はあいつ等がちょっかいを出してくることはないと思うけど、もし何かあったら連絡してよ。連絡先、知ってるよね? こう見えてもボクって、あの手の連中に顔が利くからね」
わかった。今度からは爛丸様を大いに利用させていただくとしよう。
それにしても「何かあったら連絡しろ」だなんて、爛丸は頼れる男だな。おっぱい星人だけど。
「だから、もうあんな無茶はダメだよ」
そう言った爛丸の顔には、さわやかイケメンな笑みが浮かんでいた。
「俺、お前になら抱かれてもイイ!」
「はあ? って、おい抱きつくなよ! も、もしかして鳴島ってそういう人なの?」
もちろん、冗談だがなんだか楽しくなってきてしまった。
「違う。違うけど、お前になら……」
「バカ、離れろ! 風澤、熊谷、なんとかしてくれよ」
悪いな爛丸。俺たちアンダーポイント五人組はバカとアホばかりだが、ノリだけは良いのだ。
「爛丸、抱いてやれ」
「……止めはしない」
「いやあ、そう言われてもね」
「みんなが、そう言うなら」
「おい! ちょっと、どこを触っているんだ! ……頼むよ、風澤。鳴島をなんとかしてくれ!」
+ + +
俺の名前は鳴島隆人。
学生地区で暮らすアンダーポイントだ。
ここでの生活は悪くない。自分のセーフティースペルと同じように『地元の流儀』を忘れてしまうんじゃないかと思う時があるくらいだ。
もし忘れるのなら──それも悪くないな。
作:津上蒼詞