最重要能力者とは国内で最も希少価値が高い能力を持つヴァリエンティアのことで、その能力者は国家が保護・管理するべきだとされている。
だが織戸本人は、本が好きな高校一年生の少女だ。
結波中央学園に入学してからは、クラスメイトの西山千秋の誘いで図書委員に入った。
そんな彼女が勤める図書委員には……『図書室の女王』と呼ばれている人物がいた。
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「まずい事になりましたね」
「いったい、どうしてこんな事に……海堂先輩、わかりますか?」
放課後、織戸が千秋と一緒に図書室にやってくると、図書委員長の海堂絵美里と数人の図書委員が深刻な表情を浮かべていた。
「今月、学生証のOSがバージョンアップしたのと、先月の始めに学内の図書管理システムを変更したのが関係していると思うのだけれど……この手の分野は、どうも不得手でして」
「あのー、どうかしたんですか?」
千秋が海堂先輩にたずねた。
織戸も彼女と一緒に先輩たちが困っている理由を聞いた。
「……つまりシステムの不具合で、一冊の本を二人の生徒が予約しちゃったってことですか」
「ええ、その通りよ……これがその書籍です」
海堂先輩がハードカバーの書籍を二人の前に置く。
『クラフトレイブン』と題された推理小説だった。
「こちらの不手際を謝って、お一人には諦めていただくしかないですね」
「謝るんですか? システムエラーのせいなんですよ? わたし達は悪くないのに」
図書委員の一人が反論した。
だが、人為的なミスでなくても図書委員が管理しているシステムの不具合なので、こちらが謝らなければならないだろう、と海堂先輩が説明する。
その時、千秋が声を上げた。
「これって織戸さんの出番じゃない?」
千秋の言葉でまわりの視線が織戸へ集中した。
「そうか、織戸さんならなんとか出来るかも」
「そうだよ……織戸さんなら!」
「みなさんの仰る通り、なんと出来るかもしれないですね」
ワッ、と彼女たちが声を上げる。
織戸も何を求められているのか理解した。
「私の複製能力でもう一冊、書籍を増やすということですね?」
織戸が持つ複製能力は単純な鉱物はもちろん、精密機械であっても完璧に複製ができる。
その上、複製する数にも制限がなく。ほぼ無限に複製することができる。
世界で一人しかいない、完璧な複製能力を持つヴァリエンティアだった。
織戸の能力なら、本を複製するなど簡単だろう。
「これで解決ですね!」
「少々、反則な気もしますが、二人に書籍を貸し出す方法は他にないかもしれませんね」
が、そこに異を唱える者が現れる。
「それは、あまり良い考えとは思えないわ」
「あ、エリー先輩」
異を唱えたのは、エリー先輩ことエリザベス・モーガン。またの名を『図書室の女王』その人だった。
「織戸さんの能力を使うのが良くないのは、能力の不正使用にあたるから、かしら?」
「それなら、ここだけの秘密にしちゃえばOKじゃない?」
「そうそう、絶対に誰にも言わない! それなら良いよね織戸さん」
「……そうですね。二人の内、一人が本を読めなくなってしまうのでしたら、私も複製するべきだと思います」
織戸が小さくうなずく。
読書家の彼女にとって、読みたい本が読めないのは一大事だ。
だからこそ『読みたい本が読めない人』が出てしまうのを避けたいと感じたようだ。
「いいえ、能力の不正使用が問題なのではありません。許可無く能力を使うなんて、結波市で暮らしている能力者なら誰だってやっているでしょう?」
エリー先輩が海堂先輩に視線をむける。
すると彼女がサッと目をそらせた。
「織戸さん、貴女の複製能力には大きな問題があるの」
「……問題ですか?」
「正確には貴女が能力を使用した結果、発生してしまう哲学的な問題よ」
エリー先輩の言葉に、千秋や海堂先輩が首をかしげる。
織戸もその意味をすぐに理解できなかった。
「では、わかりやすく説明しましょう」
するとエリー先輩は、学生鞄から一本の万年筆を取り出した。
「織戸さん、この万年筆を複製してみてください」
エリー先輩が万年筆を差し出す。
万年筆は使い込んであるらしく所々に傷があった。
「わかりました……『クレアトア』」
織戸は万年筆を受け取ると、セーフティースペルを口にした。
瞬時に、万年筆が二本になった。
それを見た千秋や海堂先輩、他の図書委員たちが声をあげる。
「す、すごい」
「複製能力を使うのを見たのって初めて!」
「複製を生み出す時間は一瞬なんですね。ほとんど見えませんでした」
驚く彼女たちをよそに、織戸が二本の万年筆をエリー先輩に返す。
彼女は受け取った万年筆をじっくりと見比べた。
「……インフィニット・クリエイトの複製能力は、分子レベルで完璧な複製を生み出すと聞きましたが、それは本当?」
「本当です。電子顕微鏡で調べても差異は見つけられません」
織戸の返答を聞いて、エリー先輩が微笑む。
「わかったわ……絵美里。この二つをシャッフルしてくれない?」
「シャッフル? ええ、よろしいですよ」
海堂先輩は万年筆を受け取ると、後ろ手に隠して混ぜる。
「はい。わたし自身、どれがどれだかわからないぐらいです」
彼女がエリー先輩に万年筆を返す。
「ありがとう絵美里……それでは織戸さん。どれがオリジナルなのか判別する手段はありますか?」
「ありません。分子レベルで完璧に複製されているので、電子顕微鏡や高感度電波測定機などを使用しても無理です」
織戸が答えると、エリー先輩は少しだけ寂しそうに笑い、静かにこう言った。
「オリジナルの万年筆は亡くなった祖父の形見なの」
それを聞いた瞬間、織戸は自分が何をしたのか理解した。
オリジナルとコピーの判別が不可能。
それはオリジナルの消失にも等しい状態だ。
「これが貴女の複製能力によって生まれる問題です」
「エリー先輩……わ、私は……」
珍しく、織戸が口ごもる。
「気にする必要はないわ。これはワタシが貴女にやらせたことなんですから……それより、二つも同じ万年筆を持っていても仕方がないので、こちらの万年筆は織戸さんに差し上げます」
エリー先輩が一本の万年筆を差し出す。
織戸はそれを受け取ることができなかった。
「駄目です。エリー先輩は二本とも持っているべきです。もしこちらの万年筆がオリジナルだったら……」
織戸がうつむく。
そんな彼女に、エリー先輩は手を取って万年筆を握らせた。
「貴女はとても優しい子ですね」
そして織戸の頭をなでると、今まで見せたことがないほど優しく微笑んだ。
「これは織戸さんに持っていてもらいたいのです。例え、この万年筆がオリジナルであっても、それを持つのが貴女なら誇らしく思うわ。だから、これはワタシとの友情の証として受け取ってもらえませんか?」
「友情の証?」
「ワタシはあなたが気に入りました。織戸神那子、エリザベス・モーガンの友人になってください」
織戸が顔を上げると、エリー先輩の青い瞳がまっすぐに彼女を見つめていた。
「……わかりました。この万年筆は大切にします」
「そう言ってもらえてうれしいわ」
エリー先輩は満足そうにうなずくと、きびすを返した。
そして、いつも読書をしている席へと戻っていく。
「エリー先輩、複製能力を使う時は充分に注意します」
織戸が声をかけると、彼女は足を止めて振り返り──。
「それでいいわ。神那子」
──と、織戸を下の名前で呼んだ。
こうして、予約が重複した書籍の一件は、織戸の能力に頼らず、相手にはこちらの不手際を謝って許してもらうことになった。
それから織戸を含めた図書委員たちが受付や本棚を整理を始めると、読書中のエリー先輩の隣に海堂先輩がやってきた。
「絵美里、なにか用でもあるの?」
「ふと、思い至りまして……もしかしてエリーには『クラフトレイブン』が一冊でなければ困る、個人的な理由でもあるのかしら?」
「……さあ? なんのことでしょう?」
わざとらしい言い草だった。
エリー先輩は彼女の問いに答える気がないようだ。
「それなら別の質問をしましょう」
海堂先輩が腰を屈める。
そしてエリー先輩にだけ聞こえるように耳打ちした。
「エリーのお爺さまは、二人とも健在よね?」
「知ってたの? ……絵美里。神那子には内緒にしててくれないかな?」
「ええ、よろしいですよ」
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織戸神那子は最重要能力者である。
『図書室の女王』と呼ばれている年上の友人ができた。
作:津上蒼詞