周りからは「品行方正」「文武両道」「執行部のエース」なんて呼ばれているけど、単に能力の扱いが少しだけ上手な高校一年生の女子でしかない。
それでも──高速移動の使い手としては少しばかり自信を持っているわ。
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あたしの能力は、高速移動という移動速度を何倍にも加速させる力だ。
そのため、非番であっても緊急出動を要請されることがある。
その日も葉澄先輩から連絡を受けて現場に急行した。
現場に到着したあたしは、葉澄先輩と剛山隊長を見つけると二人へ駆け寄った。
「隊長、葉澄先輩。到着しました」
「一条か、よくきたな」
「非番だったのに、ごめんなさいね」
「いえ、問題ないです。それで違反者は……」
挨拶もそこそこに状況の説明を受ける。
非番のあたしが呼ばれるってことは、それだけ急を要しているはずだからね。
あと、葉澄先輩から連絡があった時に妙な質問をされたのも気になる。「スケートは上手?」ですって、何のことかしら?
「本件の違反者は『冷却能力』を持っているわ。周囲の温度を下げることができる能力ね。つまりパイロキネシスとは逆の能力よ」
「能力値こそ高くないが、わりと広範囲に、そして持続的に能力を発動できるようだ。まさかあんな使い方をされるとは思わなかったぜ」
剛山隊長があたしから視線を外す。
その視線の先へ目を向けると、同じ第一機動隊に所属している古町先輩がいた。
「あやうく、古町がやられるところだった」
古町先輩は両腕で自分の体を抱きながら、ブルブルと震えていた。
「大丈夫ですか、古町先輩?」
「なんなんだよアレ。もう少しで氷漬けにされるところだった。寒い、まだ寒気がする」
よく見ると古町先輩の茶色い髪に霜がついている。違反者の能力による物なんでしょうけど……こんな風にされたなんて驚きだわ。
古町先輩の能力、身体強化系変身能力は別名「ビースト化」とも呼ばれている強力な能力のはずよ。
能力によって黒豹の獣人となった古町先輩は、あたしでも手こずるほど驚異的な俊敏性と打撃力がある。それを冷却能力で凍えさせるなんて至難の業だと思うんだけど。
そんなあたしの疑問に、葉澄先輩が答えた。
「問題は違反者が周囲を氷漬けにしたことで地面が凍結してしまったことね。『第一』のメンバーは身体強化系能力者かそれに近い能力者の集まりだから、アイスリンクのような地面では十分に力を発揮できない……これは計算外だったわ」
なるほどね。いくら身体能力を強化できてもまともに歩くこともできないような場所では意味がない、ってことね。
「本来なら『第二』の連中に頼むべきなんだろうが……」
剛山隊長が眉をハの字にする。
その顔に「あいつ等、苦手なんだよ」と書いてあった。
ちなみに剛山隊長が口にした『第二』とは、執行部第二機動隊のことで、サイコキネシスやパイロキネシス、エレキネシスといった遠距離系の能力を主体とした部隊だ。
そして、なぜか『第一』に対抗心を持っていて、何かにつけて目の敵にしてくる人たち。剛山隊長もそうみたいだけど、あたしも苦手なのよね。あのサイコキネシス女が特に!
「一条、お前でも駄目だった場合は『第二』に頼むことになるだろう。そうならない為にもなんとかしてくれ」
剛山隊長がスケート靴を差し出してきた。
まあ、葉澄先輩の妙な質問とこれまでの流れで予想はついていたけど……これを履いて任務を遂行しろ、ってことね。
それはいいのだけど……。
「隊長、どうしてフィギュア用なんですか?」
剛山隊長の手にあったのは、なぜかフィギュアスケートで使うためのスケート靴だった。
「近くのスポーツ用品店にこれしかなかったんだから仕方ないだろ?」
それなら仕方ないわね。
剛山隊長からスケート靴を受け取ると、急いでスニーカーと履きかえる。
「一条、どうせならフィギュアの衣装も借りてこようか?」
そう言ったのは、氷結状態から回復した古町先輩だった。
「結構です!」
「一条なら似合うと思うんだけどな。赤と白のヒラヒラしたヤツとか……」
「今は任務中ですよ。まじめにお願いします」
「一条は、堅いなあ」
「古町、一条の言う通りだぞ。冗談はそのくらいにしておけ」
剛山隊長が助け船を出してくれたので、古町先輩は口を閉じた。戦闘中はすごく頼りになるし、『第一』でもムードメーカーな人なんだけど、こうしてあたしをからかってくる。
たぶん緊張を解こうとしているのでしょうけど、正直、返答に困るわ。
「準備ができました」
「一条さんはいつも通りに対処してくれればいいわ」
「これを履いて、いつも通りにできればいいけど……」
「貴女の身体能力とこれまでの戦闘データから、私が導き出した答えよ、大丈夫」
葉澄先輩があたしの弱気な言葉をきっぱりと否定した。
「はい、一条ひなた。これより違反者の確保に向かいます」
違反者はビーチに面した遊歩道と多目的スペースの一角を凍結させ、そこを占拠していた。
『第一』のメンバーが周囲を封鎖したおかげで一般人の姿はない。
「空はこんなに晴れているのに、地面が凍結しているなんて変な感じね」
もうすぐ夏だと言うのに、違反者の冷却能力によって周囲に冷気が漂っている。じっとしていると、それだけで凍えちゃいそうだった。
対象の違反者は多目的スペースのベンチに座って、うなだれていた。
あたしが氷の上を滑りながら慎重に近づいていくと、相手がゆっくりと顔を上げた。
「一条ひなたさん、だよね?」
違反者が話しかけてきたので立ち止まる。
相手を見つめると、そこには思い詰めたような顔の少年がいた。
「あたしを知ってるの?」
「当然だよ、君は有名人じゃないか。日本で最も優れた高速移動能力者で執行部のエース」
違反者が自嘲ぎみに笑う。
「僕を捕まえにきたんだろう?」
「その通りよ」
「良く考えたね。それなら凍った地面でもある程度行動できる」
スケート靴のことを言っているのだろう。バカにしているような口振りではなく、本当に感心しているようだった……ってか、なにこいつ。ちょっと不気味なんだけど。
「一条さんは能力者を数値で管理している結波市のシステムをどう思う?」
あー、この人……。
「僕たちは物じゃない。高レベル能力者。オーバーポイント。アンダーポイント……能力値で人の優劣を決めるなんてどうかしているよ。もしも一条さんがこんな風に思ったことがないなら、一度考えてみるといいよ」
あたしは黙って違反者の話を聞いていた。
「高度政令都市なんて、見た目は良いかもしれないけど、その本質は冷酷で無機質な選定によって……」
「あのさ」
黙っているつもりだったのに、思わず口を開いてしまった。
「そろそろ、捕まえてもいい?」
この手の主張は聞き飽きてるのよ。
最近、なぜか増えてきたのよね『能力値で判断しないで!』って言ってくる違反者。
そんなの、能力を乱用していい理由にはならないでしょう?
「そうか……君は1番だからね。ナンバーワンに下の人間の気持ちはわからないか。けど、そんな君だからこそ理解するべきなんだ……」
違反者が話を続けようとする。
だんだん嫌気がさしてきた。
「その主張はしかるべき場所で存分に語るといいわ。今回は素直に連行されなさい」
あたしが違反者に近づくと、相手がベンチから立ち上がった。
「一条さん、キミのような人がいるから僕みたいな者は虐げられるんだ! なぜ、わからない……『フロストサイクル』」
違反者が声を上げると同時に、周囲の冷気が強まった。
間髪入れずに、あたしも能力を発動させる。
「『ゲット・レディ?』」
高速移動で加速しながら相手に向かって突き進む。
足下の感触はしっかりしていた。スケート靴を履いて高速移動を使ったことがなかったので、さすがに少し不安だったが、滑り出した瞬間に問題ないとわかった。
靴で走る時の感覚とはまったく違うし、インラインスケートとも違うけど──これは、これでアリかも。
「いい感じね。気に入ったわ!」
氷の上を滑る感覚は、すぐに掴むことができた。
その間も違反者がごちゃごちゃ話していたみたいだけど、うるさいので無視した。
そんな戯れ言よりもスケート+高速移動に集中したい。
突然、足下に20センチほどの氷の固まりが出現した。
回避するために進行方向を変えると、また足下に氷塊が出現する。
次々に生まれる氷塊を避けるために、左右にターンを繰り返す。これじゃ、スラロームね。
でも、確実に相手に近づいて──って、そう来るか。
違反者を中心に半径3メートルが、ゴツゴツとした氷塊で埋め尽くされている。
これでは滑って近づくのは無理そうね。
「どうして、理解しようとしないんだ!」
違反者がまだ何かを叫んでいた。
あたしは、氷塊に囲まれた違反者を目掛けて滑走していく。
「悪いけど、あなたの八つ当たりに付き合ってられないの……それと、あなた」
そして氷塊で埋め尽くされた地面に差し掛かる直前、渾身の力を込めてジャンプした。
「そんな薄っぺらい言葉、あたしに届かないわ!」
氷塊を飛び越えたあたしは、違反者の顔面に飛び膝蹴りをめり込ませると、そのままの軌道を維持しながら3メートル後方へ危な気なく着地する。
あたしに吹っ飛ばされた違反者は、意識を失って仰向けに倒れ込んでいた。
「違反者、確保しました。移送の準備をお願いします」
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あたしの名前は一条ひなた。
好みのタイプは『ヒ・ミ・ツ』。
嫌いなタイプは『問題を自分以外のせいにする奴』。
作:津上蒼詞