そして織戸神那子は日本で最も希少な能力者を意味する『最重要能力者』で、イリーナ・アンダーソンは10歳で高校進学を果たすほどの優秀な『第二世代能力者』だ。
+ + +
昼休み。
ひなたと織戸、そしてイリーナは机を並べて昼食を取っていた。
「お兄ちゃんがいないなんて、つまんなーい」
イリーナが不満そうにチョココロネにかぶりつく。
少女の言った『お兄ちゃん』とは、同じクラスの風澤望のことだ。
望を『お兄ちゃん』と呼んでいるが、金髪碧眼のイリーナと純日本人の彼との間に血縁関係はない。望を気に入ったイリーナが、そう呼んでいるのだ。
そんな大好きなお兄ちゃんが、今日の昼休みは教室にいない。
授業が終わると、早々に親友の鳴嶋隆人に引きずられ、どこかへ行ってしまったのだ。
「そんなワガママを言っても仕方ないでしょう? 望にだってつき合いがあるんだから」
ひなたはそう言うと、スポーツドリンクを口にした。
「まあ、どうせ隆人がらみだから、エッチなつき合いなんでしょうけど」
そこで、織戸が呟く。
「え、エッチなのは、いけないと思います」
彼女の顔は、いつも通りの無表情だったが少しだけ頬が赤い。
織戸はいつも冷静でほとんど感情を表に出さない少女だったが、もちろん感情がないわけではない。最重要能力者と呼ばれているが、中身は普通の女の子だ。
今も、自分の発言が恥ずかしかったのか、急いでサンドイッチを口に運んでいた。
「でも、つまんないんだもん」
「今日ぐらいはがまんしてもいいんじゃない? いつも望とお昼を食べてるでしょう?」
ひなたの言う通り、イリーナと望はほとんど毎日昼休みを一緒に過ごしている。
大抵は二人っきりではなく、隆人ら友達グループ『アンダーポイント五人組』やイリーナのファンのクラスメイト達と一緒だ。
それでも、彼と昼休みを一緒に過ごしたことが僅かしかないひなたと比べれば、充分すぎるだろう──もっとも、それは『昼休み』に限った話なのだが。
「『いつも』じゃないもん」
と、ひなたの「いつも望とお昼を食べている」という主張にイリーナが反論した。
「お兄ちゃん、時々、神那子とランチしているよ」
「織戸さんと? ……そうなの?」
ひなたが織戸に顔を向けると、彼女はサラダを口に入れる格好のまま固まっていた。
「織戸さん?」
「そうだよね、神那子? 二人でランチの時は教室以外の場所で食べてるんだよね?」
「……はい」
織戸は表情こそ変わらなかったが、少し目が泳いでいた。
「そうだったの。知らなかったわ」
「お兄ちゃんとランチのとき、どんな話をしているの?」
「……望さんにお勧めの本を紹介したり、最近読んだ本の話をしたり、ですね」
「そう言えば、あいつ。よく、織戸さんから勧められた、って本を読んでいるわね」
望は高校に進学するまでは読書をするような少年ではなかった。
本を読む=マンガを読む、というレベルだったが、読書家の織戸との交流によって少しづつ本を読むようになった。
「でも、なんか子どもが読むような本ばかりだったんだけど……」
「難しい本を読むのに慣れていないようですので……」
「なるほどね。あいつに本を読ませるんだったら、その選択で間違っていないわ」
「子どもが読む本? ……マザーグースとか?」
「童話という訳ではなく、書籍の種類が児童書なんです。児童書は子供向けに書かれたものですが、非常に優れた作品が多くて、これから本を読み始める望さんのような方にお勧めしたい作品がたくさんあるんですよ」
「へー、おもしろそう! 神那子。イリーナも『ジドーショ』読みたい」
「それでは、今度、お勧めの本を紹介します」
話の流れが、織戸と望が二人でお昼を食べている、から、イリーナにお勧めの児童書を教える方向になった──かに思えたが、ひなたの質問によって、織戸と望に対する話題に逆戻りする。
「そう言えば、織戸さんって望と良くメールしてるみたいだけど、その時も本の話をしているの?」
織戸と望は頻繁にメールのやり取りをしている。
その方が織戸は彼と積極的にコミュニケーションを行えたことと、ひなたやイリーナほど望と直接会話をする機会が少ない彼女にとっては、メールでのやり取りは重要だった。
「本の話もしますが、それ以外の日常的な会話なども……ただ、話と言っても些細な内容ですよ?」
「そーかー、時々、お兄ちゃんが学生証を見ているのって神那子とメールしてたんだ」
「結構、頻繁にメールしているわよね?」
織戸が黙って目を伏せた。
実は望とのメールのやり取りはほぼ毎日だ。
休日ともなると、受信ボックスと送信ボックスに『Re』という題名のメールが大量に貯まる。
「……そ、それほどでもないと思います」
「そうなの? 望とはあまりメールしないから頻繁にメールしているように見えたんだけど……そうなのかもしれないわね」
何の気なしに口にしたその台詞によって、ひなたは二人から思わぬ反撃を受けることになる。
「ひなたがお兄ちゃんとメールしないのって、当然じゃん。ねえ、神那子?」
「はい、私もそう思います。ひなたさんは望さんとメールで連絡を取る必要性がありませんから」
イリーナと織戸が、わざとらしくヒソヒソ話を始める。
「え?」
一瞬、二人の言動が何を意味しているのかわからなかったが、それを理解した瞬間、ひなたは顔を真っ赤にした。
「いや、それはッ! 違うからねッ!!」
「どうしました、ひなたさん。何を慌てているんすか?」
「ええ? 何ってそれはッ!!」
「なになにー、イリーナもおしえてー」
「あなた達……」
ひなたは真っ赤な顔をしながら二人を睨みつけると、消え入りそうな細い声で「いじわるしないでよ」と口にした。
+ + +
イリーナ・アンダーソンは望のかわいい妹である。
織戸神那子と望は頻繁にメールのやり取りをする仲だ。
そして一条ひなたは──望と二人暮らしをしている。
作:津上蒼詞