そもそも突発的能力上昇とは、それまで高レベル能力者とされていなかったヴァリエンティアが突如、高レベル能力者に匹敵する力を得ることだ。
ジョン・ギャレットJrは、この突発的能力上昇で絶大な力を得たヴァリエンティアとして有名だ。
ジョンは数年前までアンダーポイント能力者だったが、突発的能力上昇により驚異的な能力に目覚めると、在籍しているモンタナ学園都市で最も強力な能力者と認知されるようになった。
その能力は世界最強の能力者、マクスウェル・ブリックロードに匹敵すると言われるほどだ。
突発的能力上昇は、該当するヴァリエンティアに備わっていた能力が、短期間で飛躍的に上昇することで「全く新しい能力を得る」のではない(少なくとも現時点で、その様な報告は受けていない)。
*追記1
第三者が突発的能力上昇を目にした時、『覚醒』と表現してしまうほどの顕著な能力値の上昇が現れる。そのため報告書や調査書などの資料にも『覚醒』という言葉が目に付いた。
『覚醒』だなんてマンガやゲームのような表現だ。この様な客観的ではない観察側の視点が、どれだけ超能力研究の足を引っ張っているのかわかっているのだろうか?
突発的能力上昇の報告が増えた原因を調べるめに、ここ数週間は関係する調査資料の見直しや、該当するヴァリエンティアに対するカウンセリングを行った。
その課程で、ある違和感に気づいたのでここに記しておく。
該当するヴァリエンティアのほとんどは、自分の能力が飛躍的に上昇した原因を理解しておらず、聞き取りをしてもわからないと答える者が多数を占めていた。
また「いつの間にかできるようになっていた」「なんとなく、できる気がした」と曖昧に答える者も多い。少数だが「コツに気づいた」「使い方を思いついた」と話したヴァリエンティアもいたようだ。
どの資料を見てもそうだったが、突発的能力上昇が現れる以前に、兆候といえるような検査結果や実験結果は見られない。
事前にこの症状が現れるヴァリエンティアを見つけだすことは不可能である──という見解のようだ。
だが、本当にそうなのだろうか?
私にはヴァリエンティア側の認識と研究者側の認識に差異があるように思える。何かを見落としているように感じるのだ。
それが突発的能力上昇をイレギュラーな症状に思わせているのではないか?
例えば『能力値』という概念だ。
能力の数値化は研究者に重要な判断材料を与えたが、同時に盲目的にさせた。
確かに能力値という明確な基準によって、効率的に研究を行えるようになった。
そのおかげで超能力研究が飛躍的に進んだのは事実だ。
だが、私は能力を数値の大小で判断することに違和感を覚える。
例えば『数値に表れない能力』があってもおかしくはないはずだ。しかし、現在の超能力研究は『数値に表れない能力』をまったく考慮していない。
これはエレヴィン・アダムス博士も2年前の国際シンポジウムで訴えていたことだ。
能力値にとらわれない、広い視野を持ったニュートラルな研究姿勢を心がけなければ、私達はいずれ大きな過ちを犯すような気がする。
突発的能力上昇の増加は、その警鐘に思えてならない。
*追記2
このテキストを書いている最中に、神那子と突発的能力上昇について考えた。
彼女の複製能力はほぼ無限の複製回数と完璧な再現率を誇っている。もはや、複製能力にこれ以上があるとは考えられないため、神那子に突発的能力上昇が現れることはないだろう──おっと、いけない。「存在しない能力はない……」だったな。
2027/04/21
──桐島麗子の手記より抜粋
作:昌和ロビンソン