さらに品行方正で文武両道。その上、学園でも1、2を争う美少女だ。
そんなひなたには秘密にしていることがある。
それはクラスメイトの風澤望と同棲していることだ。
理由は彼の能力に関係しているが……それは別の話。
これは、ひなたという女の子と望という男の子の日常の話。
+ + +
ある日のこと。
「信じられないッ、帰ったら食べようと思ってたのに」
「……すみません」
仁王立ちをするひなたの前で、望が床に正座していた。
「あたしの名前が書いてあるでしょう?」
「はい」
ひなたが突きつけたプリンの容器に、彼女の名前が書かれている。
「どうして食べるのッ!!」
「……つい」
「買ってきなさいよッ!!」
「……そうします」
望は立ち上がると玄関へむかった。
その後ろ姿は見ている方が気の毒になるほど小さくなっていた。
望がプリンを買いに部屋を出て行くと、なぜかひなたがため息をついた。
その表情は暗く、ひとめで彼女が落ち込んでいるとわかる。
「あたし、どうして怒っちゃったの? たかがプリンじゃない。勝手に食べた望は悪いけど、あそこまで言う必要はないわ。それなに……あーもう、あたしのバカ」
ちょっと凹んだ。
「謝った方がいいよね」
ちゃんと反省した。
「うん、ごめんなさい、って言おう」
謝る決心をした。
「ただいま、プリン買ってきたよ」
ちょうどその時、望がコンビニから帰ってきた。
ビニール袋からプリンを取り出すと、それをひなたに差し出す──が。
差し出されたプリンを見たひなたは、烈火のごとく怒鳴り散らした。
「あなた、バカじゃないの? あたしのプリンは『濃厚カスタード・プリン』これは『マイルドプリン(増量)』まったく違うじゃないッ!!」
確かに、望が買ってきたプリンは別の商品だった。
「いや、その……下のコンビニに売ってなくて、代わりにそれを買ってきたんだけど」
望もプリンの銘柄が違うのは気づいていたようだ。
彼なりに申し訳ないという気持ちがあるが故の、増量タイプなのだろう。
だが、ひなたには関係ない。
「それなら別のコンビニに行けばいいでしょう? さっさと買い直してきなさいッ!!」
これには、いつも笑顔の望も悲しそうな顔をした。
「……はい、買い直してきます」
望は買ってきた『マイルドプリン(増量)』をテーブルに置くともう一度プリンを買い直すために玄関へむかう。
その様子は酷く落ち込んでいた。
「……また、やっちゃった」
ひなたがその場に崩れ落ちる。
「バカ、バカ、あたしのバカ。なんで怒ったの。今の怒るところだった?」
彼女はテーブルのプリンを見つめた。
「これでいいでしょう? 何が悪いの? それも増量タイプ。いいじゃん、たくさん食べられるよ。ナイスチョイスだよ、望。あなたは間違ってない」
ひなたは頭を抱えた。
素直に謝れない、意固地になって許してやれない、無闇に辛く当たってしまう。
自己嫌悪を覚えた。
「こんなの絶対良くない。あたし変わらなきゃ」
ひなたが大きく深呼吸をする。
そして……1、2、3。
ようやく気持ちを切り替えることができた。
「よし、もう怒らない」
今度の決心はさっきまでは違う。
元々、ひなたは正義感と責任感の強い人物だ。
よくないと思ったことは正す。それは当たり前のことで、辛くてもそうしなければならないと思っている。
今回のひなたは望に甘えていたのだ。
落ちこぼれだけどいつもニコニコしてて、色々な問題が舞い込んできても笑顔でも許してしまう彼だから、彼女も気を許すと甘えてしまうのだ。
だが、それではいけない。
「望が帰ってきたら笑顔で『おかえり』。そして『無理を言ってごめんなさい』って謝る。絶対に」
ひなたは自室から手鏡を持ってくると望が帰って来るまでの間、笑顔の練習をした。
そして実際に玄関まで行って、謝るまでのシミュレーションを何度も繰り返す。今回はうまくやれると思った。
「……望、遅いな」
すでに望がプリンを買い直しに出て行ってから数十分が経っていた。
「どこまで買いに行ったの?」
だんだんと不安になってきた。
学生証を取り出すと、時間を確認する。
「もうすぐ1時間。いくらなんでも遅すぎるわよ」
自然とリビングと玄関を行ったり来たりしてしまう。
「まさか事故にあったとか? でも万が一ってこともあるし」
ひなたの顔が不安で真っ青になる。
嫌な想像ばかりが頭をよぎる。
トラックにひかれた? 違反者に危害を加えられた? 彼の能力が災いして、何かの事件に巻き込まれた? もしや、その能力を目当てに誘拐なんてことも……。
「どうしよう……まだ謝ってないのに。笑顔で『おかえり』って言ってないのに、望と仲直りしてないのに」
色々なことを考えている間に、自然と涙が溢れてきた。
「いや、絶対に嫌だよ。こんなの……」
その時、ドアが開く音がした。
「望?」
ひなたは玄関へ走った。
「ただいま、ぜんぜん見つからなくて遠くのコンビニまで行っちゃったよ……あれ?」
顔を真っ赤にしたひなたを見て、望が不思議そうな顔をする。
「ど、どうしたの?」
「……バカぁ」
それ以上、ひなたは何も言えなかった。
「何があったのかわからないけど、このプリンを食べて元気を出してよ、ね?」
彼が満面の笑みをむける。いつも彼女に元気をくれる、あの笑みだ。
それに応えようと、ひなたも精一杯の笑みを浮かべた。
「うん、ひなたは笑顔が一番だね」
その後、ひなたは『濃厚カスタード・プリン』を望は『マイルドプリン(増量)』を一緒に食べた。
+ + +
ひなたは望と二人暮らしをしている。
これからも一緒に暮らしていく。
作:津上蒼詞