周りからは「品行方正」「文武両道」「執行部のエース」なんて呼ばれているけど、少しだけ能力の扱いが上手なだけの高校一年生の女子でしかないわ。
それでも『執行部』に所属しているから、他の高校生とは違う部分はあるでしょうね。
特に人間関係は特殊かもしれないわ。
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「面倒くさいなあ。オレ、帰ってもいい……あ、やっぱりダメ?」
あたしがにらみつけると、やる気のない顔をした細身の男が首をすくめる。篠崎先輩だ。
まったく、今は任務の最中なのよ。
篠崎先輩は高校三年生で、あたしと同じ執行部第1機動隊に所属している。
彼はかなり特殊な能力者で『固体であれば、その材質に関わらず自分の体を瞬時に接着と脱着ができる能力』つまり、意のままに壁や天井など様々な物に張り付くことができる能力を持っている。
日本では十数人しか確認されていない希少な能力で、その中でも先輩は一番の使い手であるらしい。
いちおう能力者的にすごい人物ではあるけど、とにかくやる気がなくて面倒くさがりなのよね。
練習嫌いで訓練をすぐにさぼろうとするし、任務だって何かにつけて前衛を任されないようにしてる。そして「面倒くさい」が口癖だ。
「おいおい、そんな風に睨みつけないでくれよ。オレみたいな弱小能力者は『執行部のエース』殿に睨まれたら、おっかなくて仕事に支障が出ちまうぜ」
篠崎先輩が自嘲気味な表情を浮かべる。
そんなことは思ってもいないくせに──こうして自虐的な皮肉を口にするのも彼の癖だ。
何度も『執行部のエース』と呼ぶのをやめるように言っているのに、まったくやめようとしない。
「とにかく、今日は剛山隊長が非番なので篠崎先輩にはちゃんとしてもらわないと困ります」
「わかった、わかった。言う通りにするよ」
「本当にわかっているんですか?」
「ああ、わかっているよ……で、何の話だっけ?」
「……篠崎先輩」
あたしはこの手の不真面目な人間にあまり良い印象を持たない──けど篠崎先輩は別ね。
執行部はその任務の性質から、人間関係も実力主義なところがある。
どんなに善人で真面目な人物だとしても、任務で役に立たない者はメンバー内でも評価されない。それは篠崎先輩のように不真面目な言動を繰り返す人物であっても、実力さえあれば評価されるということだ。
今日は、それを身を持って思い知らされた。
その日、篠崎先輩と共にあたしが対処したのは、身体強化系変身能力、通称『ビースト化』と呼ばれている能力を持つ違反者だった。
ビースト化はその体を獣人の姿に変えることで、身体能力を何倍にも上昇させる能力だ。
さらに違反者は虎の獣人に変身する『ビースト化:タイプ・タイガー』と分類されている能力者。肉食獣タイプのビースト化は瞬発力と攻撃力に優れる傾向にあるため、こちらとしても油断ならない相手だ。
今回はあたしと、他数名のメンバーが前衛、篠崎先輩と他のメンバーが後衛で対処することになった。
『それじゃあ、オレが楽をするために腕力担当の連中はしっかり頑張ってくれよ』
作戦開始時、あたしのインカムから聞こえてきたのは、そんな篠崎先輩の声だった。
前衛のあたし達が違反者と対峙すると、相手はすさまじい抵抗をみせた。
死にものぐるいで抵抗してくる違反者に、あたしが手を焼いていると相手がメンバーの1人を突き飛ばして逃亡を計る。
あたしもすぐに追いかけようとしけど、運悪く突き飛ばされたメンバーに阻まれて出遅れる。不覚だったわ。
「『ゲッド・レディ?』」
再度、高速移動を発動させて、逃げた違反者を追う。
相手が路地に入り込むのを目にした時、あたしのインカムからやる気のなさそうな篠崎先輩の声が聞こえてきた。
『勘弁してくれよ。オレはネコ派じゃなくてイヌ派なんだよ』
そして、路地に飛び込んでいったあたしが目にしたのはビースト化で虎の獣人となった違反者と篠崎先輩の姿だった。
先輩の覇気の無い表情と細身の体型から、違反者は勝てる相手だと判断したようね。
雄叫びをあげながら、鋭い爪を突き立てる。
が、その攻撃はあっさりと避けられた。
かまわず違反者が腕を振り上げるが、篠崎先輩はビルの壁を駆けあがり、すでに手の届かないところにいる。
壁に対して垂直に立つ先輩を見て、違反者は一瞬、動揺したしたようだが、すぐに雄叫びを上げて威嚇をはじめた。
そして上昇した身体能力にまかせて、跳躍すると先輩にむけて腕をのばす。
しかし、すでに篠崎先輩は向かい側の壁へと飛び移っていた。
そして違反者が地面に着地するタイミングを見計らって、ビルの壁面を駆け降りていく。
「面倒くさいんで、ちゃっちゃと終わらせるよ」
篠崎先輩が繰り出したのはスライディング。
タイミングはばっちりだが、それはスピードはあっても威力のない攻撃だ。
そのため着地で体勢を崩しているとはいえ、違反者はわずかによろめいた程度だった。
これではほとんどダメージを与えられない。
でも、篠崎先輩の場合は『これで正解』なのよね。
「捕まえたぜ」
次の瞬間から、あたしにとっては感覚的に理解できない近接戦闘が始まった。
篠崎先輩の右のつま先と相手の左足が触れていた状態から、直後に違反者の背中に先輩が立っているのだ。
違反者が先輩を捕まえようと背中に腕をまわすと、篠崎先輩は相手の頭を踏みつけて右膝の上へとひょいと飛びうつる。
簡単に説明すると『立っている対象の体の上を歩いている』ということになるのかしら。
こんなのは篠崎先輩の能力でしかできない戦い方ね。
一瞬にして相手の攻撃が届かない死角へと移動し、無造作にミゾオチや間接を踏みつけていく。
いくら捕まえようとしても軽々と手の届かない部位へ移動され、その間に急所へ的確な蹴りを入れられる……こうしてダメージを蓄積させ、最後は相手の体勢を崩すように体の上を移動すると、その反動と自分の体重だけで相手を投げ飛ばしてみせた──と理屈では分かっているんだけど、あたしの目には相手が勝手に飛び上がって、顔からコンクリートの地面に落ちたようにしか見えなかった。
まったく……いつ見ても異次元の戦闘スタイルよね。
そして第1機動隊で対身体強化系能力者を最も得意としているのが篠崎先輩なんだから、単に奇抜な戦闘スタイルってわけじゃないのが怖いわ。
それから、あたしが地面にのびている違反者を拘束し、搬送の準備をしている間、篠崎先輩は自分の肩をトントンと叩いていた。
「あー、疲れた。なんで後衛のオレがリアルファイトをしなくちゃいけないんだよ」
「お疲れさまです。篠崎先輩」
「後はお前達に任せた。オレはもう帰るからな……なんだよ、その顔は?」
篠崎先輩が怪訝な表情を浮かべる。
「……いえ、なんでもありません。後はあたし達に任せていただいて構いませんよ」
「そうか? じゃあ、そうさせてもらおうかな」
篠崎先輩がわざとらしく伸びをしながら現場を離れていく。
あたしはその後ろ姿に軽く頭を下げた。
後衛のはずの先輩が、なぜ違反者が逃げ込んだ路地にいたのか?
きっと、その答えを聞き出そうとしても彼ははぐらかすでしょうね。
そう、篠崎先輩はそんな人。
あたしが尊敬する第1機動隊のひとりよ。
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あたしの名前は一条ひなた。
第1機動隊のメンバーとして、日々、尊敬できる人達に囲まれながら任務を行っている。
作:津上蒼詞